MuPAL-εとボナンザを使った無線LANによる航空機間通信実験

JAXAでは、大規模災害時に、被災地周辺で多数のヘリコプターが飛行する際の、衝突防止システムの研究を進めています。このような状況では、ヘリコプター同士が非常に近い距離で飛行するため、無線LANでも通信できる可能性があります。今回の実験は、無線LANで航空機間の通信を行った場合に、どの程度の距離まで届くかを確かめることが目的です。
今回使用した無線LANは、広く一般に使われている周波数2.4GHz帯のIEEE802.11の規格に準拠するものですが、航空機の機内で使えるように特別に開発されたものです。機体に大がかりな改修をする必要がないのもこのシステムの大きな特長です。

無線LANのアンテナはキャビンの窓に設置しました。
一般の家庭で使われるアンテナより大きめで、性能が向上されています。

まず、11月17日に地上で確認試験を実施しました。

手前がボナンザで、奥に見える格納庫の前にMuPAL-εがあります。
両機の間は約100m離れています。この状態で、通信可能なことや、無線LANの電波が航空機の計器類に影響を及ぼさないことを確認しました。

11月19日朝10時前、2機揃ってフライトに出発です。

10時35分、MuPAL-εが先に離陸します。
左手に離陸を待っているボナンザが見えます。


実験は、相模湾上空で実施しました。ボナンザの後ろに見えているのは富士山です。まずはじめに、2機が100m程度の距離まで接近し、無線LANで通信できることを確認しました。
実は、ヘリコプターと飛行機が並んで飛行できる速度の幅は僅かしかありません。ヘリコプターは低速飛行が得意ですが、飛行機は低速では失速する可能性があるためです。今回は、両機が並んで飛べる速度として、110ノット（約200km/h）で飛行しました。
MuPAL-εが左側、ボナンザが右側になって並んでいますが、これは、MuPAL-εのパイロット（機長）席がコックピットの右席、ボナンザは左席なので、互いに相手の位置を確認し易いためです。

その後、徐々に距離を広げていき、どこまで届くか確認しました。
今回の実験で、数km程度の距離まで通信できることが確認できました。ただ、距離が離れていくと電波が弱くなって、通信速度（1秒間に送れるデータの量）が小さくなっていきます。2機の位置関係をいろいろと変えながら、通信速度を計測しました。


無線LANから送られてくるデータを使って、MuPAL-εの実験用ディスプレイにボナンザの位置を表示する実験も行いました。
このディスプレイは、もともとはイリジウム衛星通信装置（2006.08.04の実験用航空機レポートをご覧下さい）のデータを使って他機の位置を表示するためのものです。
今回の実験用に、無線LANのデータも使えるようにしました。
イリジウムは、日本中（世界中）どこでも使えるのが最大の長所ですが、通信速度が遅く、時間遅れも大きいため、近距離での衝突防止用としては使えません。
遠距離はイリジウム、近距離は無線LANとシームレスに切り替えることにより、それぞれの長所を活かした通信を行うことが可能になります。

ボナンザの実験用ディスプレイには、無線LANではなく、もともとボナンザとMuPAL-εに搭載されている実験用の通信装置のデータを使ってMuPAL-εの位置を表示しました。
この通信装置は出力5W（無線LANの500倍！）と強力なため、数十km離れていても互いの位置を確認することができます。

約2時間の飛行実験が無事終了し、調布飛行場に戻ります。
途中、横浜上空を通過しました。
この日は気流がかなり悪く、実験中も機体がかなり揺れていました。ヘリコプターはそれ程でもないのですが、小型飛行機は揺れやすいので、パイロットや計測員も大変でした。
お疲れ様でした...。


今回の実験により、電波の到達距離については機体間通信に利用できる目途が付いたと考えています。このシステムを実用化するためには、多数機で同時に通信した場合の信頼性の検証等、まだまだ課題はありますが、まずは一歩前進、というところです。