機体騒音低減技術の研究開発(FQUROH+)
これまで空港周辺における旅客機の騒音は、ジェットエンジンの高バイパス比化によって大きく低減してきていますが、今後20年間で現在の2.4倍と予想される航空輸送量の増加に伴い、低騒音化は今後も旅客機開発の重要な課題となっています。
最新の旅客機の騒音は、離陸上昇時の騒音はエンジンの改良により大きく低減してきましたが、着陸進入時の騒音はこの20年間は停滞傾向にあります。その主な原因になっているものが、機体の高揚力装置や降着装置から発生する空力騒音(機体騒音)です。将来の静かな旅客機を開発していくために、この機体騒音を低減する技術の確立が求められています。
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プロジェクトの目的とその狙い
「機体騒音低減技術の飛行実証(FQUROH(フクロウ))※」プロジェクトは2015年に開始され,旅客機の機体騒音の主音源である高揚力装置と降着装置それぞれに対する低騒音化技術を実機に適用し、飛行試験において低騒音化の効果があることを実証することにより、実用化に必要な設計技術の獲得を目指します。
※Flight Demonstration of Quiet Technology to Reduce Noise from High-lift Configurations
JAXAでは、国内のメーカーや国内外の大学、海外研究機関と協力関係を結び、基盤となるCFD(計算流体力学)技術やCAA(計算空力音響学)技術、風洞試験技術を開発し、高揚力装置や降着装置から発生する騒音の発生メカニズムを解明するとともに、実際の機体に適用可能な騒音低減技術の研究を行ってきました。しかし、実機開発にこのような研究成果を生かすには、世界的に見てもいまだに技術的なギャップがあります。
騒音レベルの予測には、数値解析法での物理現象のモデル化、風洞試験での実機と模型のスケール差などによって生じる不確実性があります。これら技術を実機の設計ツールとして使うためには、その信頼性に対する知識と経験が分かっている必要があります。さらに、実機設計では、高揚力装置、降着装置いずれも、空力性能、構造強度・重量、収納機構などの制約の下で目指す低騒音化を達成する必要があります。このような実用レベルまで低騒音化技術を成熟させていくには、設計技術と低騒音化法の実用性を実機で実証し、技術改良を繰り返す必要があります。
FQUROHプロジェクトは、そのような技術成熟を目的として、これまでの研究成果を基礎に、実機の高揚力装置と降着装置を低騒音化するための設計を実際に行い、それに基づいて機体を改造、そして飛行試験により低騒音化の効果を調べていくことにより、旅客機に適用できる低騒音化技術を確立することを目標としています。
また、プロジェクトにおいて実用性のある技術の開発を目指し、得られる設計技術の知識と経験が、企業における実機開発に活用されていくために、国内航空企業3社(川崎重工業、住友精密工業、三菱航空機)との共同研究体制により、技術開発を進めています。
FQUROHプロジェクトにおける目標達成のための技術的なアプローチ
FQUROHプロジェクトでは最近、急速に発展してきたLarge Eddy Simulation(LES)を基礎にした先進的なCFDを、従来から使われてきた風洞試験による騒音計測と組み合わせた低騒音化の設計を行います。現状のCFDによる機体騒音の解析は、高い周波数の音を十分に予測できないなど、まだ結果に十分な信頼性は与えてくれていませんが、どのようなメカニズムで騒音が発生するのか、どうすれば発生源となる乱流を減らせるかなど、設計を行うためのガイドとして十分な知識を与えてくれます。一方、風洞試験では高精度な騒音計測ができますが、設備の限界から実機そのもので試験を行うことはできず、小型のスケール模型を使います。その結果、レイノルズ数の違いなど、騒音源の気流が変化し、やはり騒音予測の信頼性が不確実になってきます。FQUROHプロジェクトではこの両者を補完的に活用し、過去の研究から得られた低騒音化コンセプトを実機に効果的に適用する「低騒音化設計」を行います。
それを基に実機を改造し、飛行試験により詳細にその効果を計測することで、設計結果と実際の機体での差異を把握します。そして、その原因となる物理現象を詳細に調べることで、実機を使った試験により初めて得られる低騒音化設計の知識を明らかにし、技術の成熟を図ります。それにより、確実に旅客機を低騒音化するための設計技術を獲得していきます。
その目的を実現するには、飛行試験において騒音の変化を分析できるほど精度の高い騒音計測も必要になります。本プロジェクトでは多数のマイクロホンを使ったフェーズド・マイクロホン・アレイによる音源計測技術を使用しました。試験空港に直径30mの範囲に195本のマイクロホンを設置し、その上空を改造した実験機が飛行するタイミングに合わせて計測を行います。その計測結果から、機体の各音源の騒音のレベルが周波数ごとにどのように変化しているかを知ることができます。さらに高精度な飛行経路計測とJAXAの精密誘導システムTunnel-In-the-Skyも組み合わせることで、自然風など気象の影響を受けやすい飛行試験にもかかわらず、高精度な計測を実現することができました。
技術実証のステップアップ
FQUROHプロジェクトは、3段階の技術実証により、技術確立を目指します。まず先行した技術確立を目的にビジネスジェットをベースとするJAXAの実験用航空機「飛翔」を用い、実証試験までのプロセスの確立と早期に技術実証結果を得ることを目指しました。その後、プロジェクトが目標とする旅客機の低騒音化を実証するために、現在、三菱航空機が開発中のリージョナル機MRJを用いて飛行実証を行う計画で進めています。
「飛翔」による飛行実証試験は2016年と2017年に2段階で実施しました。2016年の試験は、まず機体の改造から試験方法までの実証試験そのもののプロセスを確立することを主目的とし、併せて初期段階の低騒音化設計の評価を行う、予備的な実証として進めました。続く2017年は低騒音化のためにより最適な形状にするなど、設計をさらに進めた結果を基に機体を改造し、本番の飛行実証として試験を行いました。
以下に、その結果についてご説明します。
飛翔のフラップ・主脚の低騒音化設計と機体の改造
これまで開発してきた低騒音化コンセプトに基づき、先進CFDと風洞試験を用いて設計を進めました。フラップには3種類の、主脚には4種類の低騒音化コンセプトを適用しました。
低騒音化設計で求めた形状に対して構造設計と飛行性能解析を行い、フラップと主脚を改造し、2017年7月に航空局から試験飛行の許可を受け、試験に臨みました。
のと里山空港における飛行実証試験
2017年8月に安全性を確認するために地上滑走から飛行性能を確認する試験を行い、9月に本番の騒音源計測試験を開始しました。
滑走路横に、前述した直径30m、195本のマイクで構成されるフェーズド・マイクロホン・アレイを設置して騒音源を計測しました。飛行速度140kt(72m/s)、高度200ft(61m)を基準条件として、飛翔に低騒音化の改造部品を装着した形態と外した形態、飛翔のフラップと主脚の両方を下した飛行形態とフラップまたは脚だけを下ろした飛行形態、そして飛行速度や高度など、飛行の条件を変えながら、3週間にわたり222回の騒音源計測を実施しました。
【関連記事】飛行実証において設計どおりの低騒音効果を確認
- 石川県のと里山空港での実験用航空機「飛翔」を用いた飛行実証試験が終了 -
実証試験の結果と今後の予定
飛行実証試験の結果、フラップ、主脚ともに3dB(A)以上の低騒音化を実現し、今まで停滞していた着陸進入の騒音を大きく減らす効果を確認しました。設計結果と飛行試験結果の騒音スペクトルは良く一致しており、先進的なCFDと風洞試験を活用した低騒音化設計が非常に有効であることを確認しました。
飛行試験終了後は、飛行試験データを使った設計結果に対する詳しい検証をさらに進めています。また並行して、飛翔を用いた技術実証で得られた知識を基に、最終目標としている旅客機の低騒音化技術の確立に向けて、試験機として用いるMRJの低騒音化設計に着手しています。飛翔では取り組むことができなかった主翼の前縁にあるスラットの低騒音化とともに、脚やフラップの低騒音化技術をより実用性が高いものにするべく研究開発を進めています。
1kHzの音源マップの比較:フラップ、主脚とも大幅な低騒音化が得られている。
1/3オクターブバンドスペクトルの比較(飛行試験計測データのパワー平均):
フラップ、主脚ともに3dB(A)以上の低騒音化が得られた。