ショウジョウバエの飛び方に学ぶ(2)

2019年3月20日
杉浦裕樹

前回は、実験のためにショウジョウバエを棒に固定するところまでお話ししました。
この後、背中に棒を固定したハエを円柱状の容器の中心に設置します。容器の内側の壁には、LEDのパネルが全面敷き詰められています。このパネルに明暗のパターンを映し出し、そのパターンがハエの後方に流れ去るように映すと、ハエは自らが前進飛行していると錯覚します。このパターンの流れ去る方向を変更することにより、ハエに上下左右いずれの方向の運動も錯覚させることができます。いわばハエ用のフライトシミュレータです。
このハエを3方向から、同期させた高速度ビデオカメラ3台で撮影すると、ハエの翼の運動を3次元測定することができます。(原理的には2台で足りますが、羽ばたき中、1台の画面で片方の翼が胴体に隠れてしまうことがあります。)飛行するハエの翼から発生する、ミリグラム・オーダーの翼力を直接測定する手段は残念ながらありません。一般的な方法は、上で取得した翼運動を、実物のハエの100倍のスケールをもつアクリル製の羽をロボットアームの先につけて、シミュレートします。粘度の高い油タンクの中で、100倍スケールの羽は5秒で一はばたきするような運動をします。これにより空気中を飛ぶ実際のハエと力学的スケールを一致させた実験を行うことができます。
こうした実験を通して、主に以下のことがわかりました。
まず、ショウジョウバエは羽ばたき中に左右の翼の回転のタイミングや角度を変えることで、飛行姿勢をコントロールしていることが明らかとなりました。ショウジョウバエは翼を単純に上下運動させるのではなく、翼の先端が空中に8の字を描くように翼を運動させ、その間に翼の水平面に対する角度を連続的に変化させます。特に振り下ろしと振り上げの間の0.1ミリ秒間に180度翼を裏返す翼回転という急動作をすることが知られています。左右の翼の羽ばたきの振幅の大きさとこの翼回転の大きさとタイミングを変更することで、左右の翼が発生する力を調整していたのです。
次に、飛行中にハエが発生する力を計測することにより、姿勢や方向の単一の変化に対し、羽ばたきの振幅の大きさ、翼回転のタイミングと大きさという複数の制御パラメタを余分に持つことで、より精妙なコントロールを実現していることが分かりました。これは通常の自動車で例えていうと、アクセルとブレーキとハンドルだけでなく、前後左右のタイヤの回転速度やサスペンションを変更することによって、滑らかに曲がったり、路面などの影響を打ち消せることがわかりました。

以上、実験の概要を書きましたが、筆者個人にとっては、普段扱っている機械とは違って、ハエのご機嫌を伺いつつ、場合によってはハエが羽ばたきだすまで、数時間待つことも日常茶飯時で、生物を標本とする実験の難しさが身にしみました。が、そうした苦労を勘案しても生物の有する能力の奥深さ、それが現存の技術課題を解決するキーテクノロジーとなる可能性の大きさに魅了されて止みません。こうした工学と生物学の学際的分野におけるブレークスルーの可能性について、皆さんに関心をもっていただければ幸いです。