「壊れる」か「壊れない」か、それが問題だ

JAXAメールマガジン第192号(2013年2月15日発行)
薄一平

こんにちは。JAXA研究開発本部の薄(すすき)一平と申します。
私が航空宇宙分野の研究に憧れて、「航空宇宙技術研究所」(現JAXA)に何とか職を得たのは、もう35年も前の事です。最初の配属先は「機体第2部疲労研究室」。疲労回復ドリンクの試供品が「是非、皆様でお試し下さい」と届けられたこともありましたっけ。
以来私は、航空宇宙の材料構造分野で強度と破壊の研究業務に携わってきました。「fatigue」を訳して「疲労」です。航空機を始め、機械や構造物が繰返し、繰返し負荷を受けている内に、忘れた頃に、壊れるはずの無いその小さな負荷で突然破壊が起こる現象が「疲労破壊」です。

大学の講義の中で「破壊は経験の集約」と聞いて「えっ?」と思いました。先生は「新しい材料、どう壊れますか? と聞かれても式を展開して答えが出てくるものではない。実験をして、観察をして、データをじっと眺めて初めて破壊が分かって来る。材料の新しい使い方(高温、低温、腐食環境等)でどうなるか、やはり確かめないと分からない。破壊の理解は経験の積み重ねによってのみ深まる。破壊の理解は文化である」と熱弁を振るわれました。私が「破壊」に惹かれた最初の日の出来事です。折しも「破壊力学」に基づく新しい展開が欧米から押し寄せてきた時代でありました。
破壊現象を「き裂の成長」として捉える手法は「破壊経験」を客観化し集約する極めてパワフルで現実的な手法でした。「疲労破壊」についてもそれまでの研究を統合し、一新する力を有していました。

航空機の構造は機体もエンジンもほとんど「損傷許容設計」に基づいて設計されています。この設計法の確立に破壊力学の研究成果が大いに取り入れられました。「許容」というニュアンスから「いい加減、チャランポランでも許される設計」と誤解する人がいるそうですが、「損傷許容設計」が構造の信頼性、安全性を格段に高めました。

人類初のジェット旅客機コメットの開発、第2次大戦後の英国航空業界、期待のプロジェクトは「謎の」墜落事故で悲劇的な失敗に終わりました。
英国航空技術者は威信をかけて事故原因究明に全力を注ぎました。その苦闘は調査方法を含めて今でも語り継がれ、教科書として受け継がれています。その苦闘は機会があれば又お伝えしたいと思いますが、その教訓が次に活かされて、今日の「損傷許容設計」に発展してきています。もし当時、「金属疲労」に対する破壊力学データがあったら、あの悲劇は回避されていたことでしょう。「破壊は経験の集約」。重い言葉でもあります。