ツルツルお肌を手に入れよう!

JAXAメールマガジン第214号(2014年2月5日発行)
徳川直子

ツルツル、すべすべしたお肌は、多くの女性の憧れではないでしょうか?
「JAXAが新しい化粧品を開発したの?」「それとも、エステを始めたの!?」
いえいえ、違います。航空機の燃費を良くする研究の話パート2、航空機の“お肌”をツルツルにする話です。
2013年9月20日発行のJAXAメールマガジン第206号で航空機の燃費を良くし航空券を“格安”にする話をしましたが、今回はその続きです。航空券を“格安”にすることと、航空機の“お肌”をツルツルにすることがどう繋がるのか?しばらく、小難しい話におつきあいください。

航空券を“格安”にするためには、燃費を良くする必要があります。その燃費を良くするためには、エンジンの効率を上げるだけではなく、航空機の摩擦抵抗を減らす必要があります。この摩擦抵抗は、航空機の表面近くにできる境界層と呼ばれる非常に薄い空気の層がネバネバしているために生じます。
日常の生活では空気がネバネバしているとは感じませんが、非常にゆっくりな流れや代表的なスケールが小さな流れの中では、ネバネバさが目立ってきます。音に近い速さで飛んでいる巨大な航空機でも、表面のごく近くである境界層の中では、空気はとてもネバネバして感じられます。そして表面と接している空気はくっついて流れなくなってしまいます。しかし、ネバネバしていなければ、空気は速く流れるのですから、ネバネバしている分流れにくいと言えます。この流れにくさが摩擦抵抗です。
境界層の中では、流れの速度が、表面でのゼロから飛行速度と同程度まで急激に変化していて、速度の変化が急激であればあるほど摩擦抵抗は大きくなります。人間で考えれば、歩いているときに、すぐ隣に自分と全く違う速さで歩いている人がいて、しかも左右に速い人と遅い人がいるので、非常に歩きにくいといったところでしょうか?
また速度の変化があると、渦が出来ます。またまた人間で考えれば、すぐ隣に自分と全く違う速さで歩いている人がいたら、それにつられ体の向きが変わりますよね?これが渦、つまり乱れです。
境界層の中に渦があると、流れはかき混ぜられ、速い流れが表面の近くにやってきますから、表面近くでの速度の変化はますます大きくなって、摩擦抵抗が増えます。従って、層流と呼ばれる滑らかで乱れが小さな状態では摩擦抵抗も小さく、乱流と呼ばれる乱れた状態では摩擦抵抗も大きくなるのです。

さて、航空機の主翼など、物体の表面では、前縁(先頭)に近いところでは境界層は層流ですが、表面を流れているうちに段々乱流に変化(遷移)してしまいます。先ほども書いたように、境界層の中に乱れ(渦)が生まれ、放っておくとどんどん乱れが増えてしまうからです。ですから、境界層を摩擦抵抗の小さな層流状態に保つには、層流状態で乱れが強くならないようにすれば良いわけです。この乱れを強くしない工夫が、第206号に書いた自然層流設計と呼ばれる機体の形状の工夫や、吸い込みや吹き出しといった動的な制御です。
一方、層流状態に渦が出来にくくする工夫も有効と考えられます。例えば、航空機の表面をツルツルにすることが考えられます。走るときに、地面が平らなら走りやすいですが、デコボコがあったら走り難いし転びやすいですよね?航空機の表面を流れる空気も同じで、地面、すなわち航空機の表面がツルツルであれば流れやすく、転びにくい、つまり渦が出来にくくなるのです。
航空機の“お肌”、つまり表面をツルツルにすると、航空券を“格安”に出来ることがおわかり頂けたでしょうか?

第206号でご紹介した小型超音速実験機NEXST-1も、境界層を層流に保つため、遷移を計測した左舷側の機首部分や翼前縁部分の表面はツルツルにしました。デコボコの代表格であるネジの頭は接着剤で埋めた後細かい紙ヤスリで研磨しましたし、飛行実験前にはわずかな傷さえもつけないよう絶えずカバーをしていました。このツルツルさは現在も保たれておりますので、調布航空宇宙センターの展示室にお越しの際は、ぜひご覧ください。

旅客機では整備の都合上、ネジの頭を接着剤で埋めたり、絶えずカバーをすることは出来ません。しかし、ボーイング787やエアバスA380のような最近就航した旅客機では、そもそも機体表面のデコボコを減らしツルツルにする設計がされています。
JAXAでも、航空機の表面をツルツルに保つ技術についての研究を始めています。まだまだ実用には遠い技術ですが、航空機のツルツル“お肌”を保てるよう、今後研究を進めていきたいと思います。