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宇宙航空研究開発機構

まさかのエンジン開発挫折、その影響~風が吹いたら桶屋は?~

JAXAメールマガジン第244号(2015年5月20日発行)
薄一平

こんにちは。4月から組織の名称が変わりました。JAXA「航空技術部門」の薄(すすき)一平です。私の研究分野である「複合材」の国際会議がフランスの大学で開催された時の話。出張を願い出て事務方に怪訝な顔をされたことがありました。実は出張先がパリの大学「鉱山学部」だったからです。航空宇宙の最先端複合材研究が「鉱山学部」で行われていたのです。そこの教授に「名称を変えないんですか?」と聞いたら「伝統ある名前に誇りを持っていますから」という答え。「……」考えさせられました。

さて、今回の話題は前回の私のコラムで少し触れた「ターボファンジェット」と呼ばれる大型旅客機用エンジン開発のまさかの挫折の話です。

ジェット旅客機の多くは主翼の下に2ないし4個のエンジンをぶら下げています。エンジンを前から覗き込むと「ファン」という羽根車が見えますがその中心に奇妙な図柄を発見することもあるでしょう。渦巻きの恐ろしげな図柄などが描かれています。あれは鳥がエンジンに寄ってこないように脅すためのデザインです。鳥は飛行機が大好きです。離陸過程で生じた滑走路の上昇気流で楽に高い空に舞い上がれるからなのです。

間違ってエンジンに吸い込まれる鳥もいます。実は吸い込んだエンジンも深刻で、航空エンジンは鳥を吸い込んでもひどく壊れないである程度は機能することが設計上求められています。1.8ポンド(約4kg)の鳥を吸い込んでもエンジンの力(=推力)が70%は維持できることを証明する必要があります。

英国の名門、ロールスロイス社は世界で初めて、チタン合金などの金属製だったこのファンを炭素繊維複合材(CFRP)に置き換えた画期的なエンジンRB211の開発に着手しました。複合材の採用で大幅な軽量化が図られ性能抜群、話題と羨望の新型エンジンでした。この搭載を前提にして、米国ロッキード社はこれまた「ハイテク機」の元祖ともよばれる大型旅客機L-1101の開発を決断したのです。燃費に優れた画期的な機体「トライスター」が実現するはずでした。

ところがRB211エンジンは鳥吸い込み試験で自信の複合材製ファンが壊れてしまったのです。まさかの出来事、まさかの挫折でした。再開発でロッキード社への納入は遅れてしまいました。ロールスロイス社は倒産、イギリス政府によって国有化されました。社運を賭けたロッキード社「先進技術機」L-1011トライスターは販売不振に陥りました。ロッキード社は政治家も巻き込んで賄賂工作を含む必死の売り込みを図りました。その中で日本では「ロッキード事件」と呼ばれる汚職事件が発覚したのです。ロッキード社は以後ジェット旅客機の開発・生産から手を引きました。

日本ではトライスターは1974年以降、最盛期には21機も保有されていましたが、安全性にも優れ大きな故障や死傷事故も一度も起こすこともなく、静かな退役を迎えていきました。機体、エンジン、操縦システム、いずれも当時の他機を凌駕する素晴らしい性能を持っていたと語り継がれる不幸な飛行機でした。

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