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宇宙航空研究開発機構

エンジンの耐空性試験[第3話]

JAXAメールマガジン第288号(2017年4月20日発行)
柳 良二

私は、皆がエンジンの周りで議論をしているのを後に、ビデオテープに残された画像を再生していた。鳥が吸い込まれる瞬間を撮影した高速撮影映像はフィルムの現像を待つため、すぐには見られない。当時は今の様にソリッドステートのメモリーは無く、ビデオデッキのコマ送りは、テープ走行を止めて、回転するヘリカルスキャンヘッドが一画像分のデータをテープから斜めに読み取る方式を採用していた。そのため、テープにダメージを与えないようにコマ送りの再生可能時間は非常に短く、ゆっくりとスロー再生をして映像を探すことは出来ない。それでも、試験最中のコマを探し当てて、コマ送りしていくと、1コマだけエンジンの前方に炎が噴き出しているコマがあった。鳥が吸い込まれた瞬間にエンジンが前後に揺れている数コマの中にその炎は写っていた。ビデオの撮影コマ数は1秒間に30コマであるから、エンジンが炎を吹いたのは30分の1秒以下ということになる。鳥吸い込みからエンジンが再度回転を始めるまで、随分と長い時間があったように思われたが、多分数分の1秒以下の短い時間だったのであろう。

その後の試験の総括会議の後、それぞれの要員は試験後の始末に取り掛かったが、私は上司から今回の試験に至る苦労話を聞くことが出来た。それは、日本が初めて行う耐空性試験方法の開発の歴史でもあった。耐空性試験要領には試験の条件と、試験後のエンジンが機能すべき条件は記述してあるが、試験装置や試験手順などは記載していない。

異物吸い込み試験は、4ポンドの鳥以外に1.5ポンドの鳥、雹などが規定されている。4ポンドの鳥ならば1羽、1.5ポンドの鳥ならば迅速に連続して4羽、雹を模した氷球では1インチの氷球14個、2インチの氷球14個を一斉に打ち込まなければならない。その打ち込み位置を変えるため、7本の砲身を持った打ち込み装置か必要だったのである。また、打ち込む時のエンジンの条件については、鳥は離陸直後の最大推力時、氷球は高空巡航時の回転数である(※)

離陸時の機体速度は約70m/sであるから、その速度で鳥をエンジンに打ち込まねばならない。そのための鳥打ち込み装置は巨大な空気銃(空気砲)である。しかし、単に鳥打ち込み装置の砲身である鉄パイプに鳥をそのまま入れて、高圧の空気で押しても、鳥の羽の隙間を空気が通り過ぎるのみで、鳥を加速することは出来ない。そのため、蓋の無い茶筒のようなサボと呼ばれる鳥収納容器に鳥を入れて打ち出すことにした。サボは金属製であるが、そのまま打つと鳥と一緒にサボも飛び出してエンジンに吸い込まれることになる。しかし、単に砲身の出口にサボを止めるストッパーを付けたのみではサボが変形して飛び出してしまった。

そこでサボを砲身内部に留め、鳥のみを打ち出せるサボキャッチャーが工夫された。運動エネルギーを持った物体を停止させるには、その物体を変形破壊し、運動エネルギーを破壊エネルギーとして吸収させればよい。そのため、砲身の先端に鋭い突起を複数個取り付け、サボを縦方向に切り裂いた。そして、切り裂かれたサボが外側に捲りあがったのを砲身の先端部のケースにまきこむように工夫したのがサボキャッチャーである。現在の自動車でも衝突時に車体が潰れて衝撃を吸収し乗員を守るようになっているのと同じ理屈である。

また、サボを急速に加速するためには、砲身後部の圧力容器の弁を急速に開くことが必要である。しかし、砲身が太いため、その弁に後方から掛かる圧力は大きく、そのままでは急速に弁を開けるのは困難であった。そこで、弁の前方に高圧の空気を一瞬だけ吹き付けて、弁の前後の圧力差を無くしてから弁を開く急開弁が考案された。圧縮空気は音速以下でしか膨張しないので、一瞬であれば弁の前方に入れた空気が砲身を伝って逃げることは無い。

最初は高圧窒素ボンベを利用した窒素砲であったが、それでは鳥とともに窒素ガスがエンジンに吸い込まれて酸素が欠乏し、エンジンが停止する可能性があるため、圧縮空気を使用することにした。また、打ち出すサボの速度、すなわち鳥の速度を計測するため砲身の先端部に2対の光源と光センサーを設け、サボが通過する時間を計測して速度を求めた。今の様にレーザーが手軽に利用出来ない頃であり、光センサーも高速のシリコンフォトダイオード(SPD)がようやくく発売された頃である。カメラの露出計は当初はセレン光電池が使われていたが、反応が遅く、鳥の速度を計測出来る性能ではなかった。


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