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宇宙航空研究開発機構

レイノルズ数に市民権を?

JAXAメールマガジン第291号(2017年6月5日発行)
吉田憲司

皆さん、こんにちは。航空技術部門の吉田憲司です。空気力学にはマッハ数とレイノルズ数という2つの重要な無次元数があります。マッハ数は音速の何倍かを表し、子供にも馴染みのあるものですが、レイノルズ数(Re)は一般の方にはあまり知られていないような気がします。そこで、本日はRe数にまつわる話題を一つご紹介します。

Re数とは空気の粘性の影響を示す無次元数で、粘性が非常に小さい空気中を飛ぶ航空機は約100ミリオン(10の8乗)になります。通常の風洞試験では約1ミリオン程度ですので、実機開発において約100倍のRe数の違いを予測する必要があります。物体表面近傍で速度が急激に変化する境界層は、最初乱れのない規則的な層流状態から下流に向って不規則に変動する乱流状態に変化します。これを遷移と呼び、その発生位置はRe数に大きく依存します。一般に航空機はRe数が増加すると摩擦抵抗は減少しますが、遷移も促進されるため乱流境界層よりも摩擦抵抗が小さい層流境界層の領域が短くなるため摩擦抵抗のRe数変化は複雑になります。
また翼の最大揚力は遷移が絡むと、あるRe数条件で最大揚力が減少するような複雑な現象も現れます。このようなRe数の影響による空力特性の変化のことをRe数効果と呼び、野球の多彩な変化球もRe数効果の賜物です。Re数効果の予測は現在のCFD(※)を用いても正確に予測することが難しい課題です。しかし、だからこそRe数効果の予測は空力研究者の永遠の課題となっています。

それでは、どのように挑戦すべきでしょうか? 私はこれまでの膨大な実験事実を綿密に分析し、CFD解析を駆使してその物理的メカニズムをしっかり把握することから始めるべきと考えています。
ここで興味ある実験事実の例をご紹介します。以前私が川崎重工に勤めていたとき、米国の某航空機メーカーから英国の旧王立航空研究所(RAE)の加圧型高Re数風洞試験のための模型製作を依頼され、その試験に参加したことがあります。この試験目的は水平尾翼の断面形と最大揚力の関係におけるRe数効果を調査することでした。某メーカーの空力担当(Iさん)が翼前縁近傍の境界層の遷移状態を計測し、最大揚力のRe数効果に対する予測結果を確認していました。我々は模型のみの担当でしたが、この試験目的に興味がありましたのでIさんと調整して、試験中は計測室に入れてもらいました。写真撮影は禁止でしたが、オシロの計測信号波形のスケッチは許可されました。
また幸いにもこの試験に関連するRAEの過去の文献も知ることができました。文献によれば、翼の前縁半径の大小に応じて最大揚力のRe数効果が2種類に分類されます。

試験では前縁半径の異なる2つの模型を使って最大揚力と遷移との関係が文献通りであるか否かが調べられましたが、我々もスケッチした信号波形を基に独自に文献の妥当性を定性的に確認することができました。その結果をIさんにお話ししたところ非常に興味を持たれ、最終日に議論の場を用意してくれました。彼らの予測結果は定量的で、その知識の深さに驚かされたことを今でも覚えています。しかし、定性的とはいえ私共の推測の正しさを確認できた時はかなりの自信が持てました。それ以来、私はRe数効果に魅了されています。

それから約30年! 最大揚力のRe数効果は現在のCFDでも再現できない研究課題です。先日の日本航空宇宙学会の講演会で初めて「Re数効果」の企画が実現し、産官学の多くの参加者を得てその重要性が改めて認識されました。ようやく手書きのスケッチから一歩前進と言った感じでしょうか?! 若い研究者にはぜひともこの永遠の課題に挑戦していただきたいと願っています。そのためには、もっと「Re数に市民権を!」と叫ばずにはいられません。



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