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宇宙航空研究開発機構

JAXAの実験用航空機について(その1)

JAXAメールマガジン 第295号(2017年8月7日発行)
柳原正明

 昨年はチーフエンジニア室に所属していましたが、今年は次世代航空イノベーションハブに移籍した柳原です。
 前回は、飛行実験場のお話をさせていただきました。大型無人機を用いた飛行実験では、安全を確保するために十分な広さを持った実験場が必要ですが、国内ではそのような広い実験場を見つけるのが難しいため海外で実験を行う、という話でした。このような大規模な飛行実験は、ある特定の新技術の飛行実証を行うために専用の実験機を開発し、実験が終わればその実験機は博物館に入るなど、お蔵入りします。このほかに飛行実証には、専用の実験機を開発するものだけでなく既存の航空機を改修して用いるものもあります。

 例えば、FQUROHプロジェクトでの騒音低減デバイス、SafeAvioプロジェクトでの乱気流検知装置、DREAMSプロジェクトでの災害時の情報共有システムの飛行実証などです。さらには、飛行中の航空機の位置や姿勢を計測する航法システム、コクピットでパイロットに情報を提示するための表示装置、飛行制御コンピュータに搭載されるプログラムなどの飛行実証もあります。このような飛行実証は、わざわざ専用の実験機を開発する必要はなく、通常の航空機に対してデータ計測系の高精度化などの改造を行った航空機があれば十分です。

 JAXA航空技術部門では、その前身である航空宇宙技術研究所(NAL)の時代から、このような目的のために実験用の航空機を運用してきました。最初に導入したのが、米国ビーチクラフト社のクインエアというプロペラ機で、1962年のことでした。私たちはこの機体を“ビーチ”と呼んでいました。ビーチは、初期の航空技術研究の実証にずいぶんと活躍してくれました。例えば、航空機の防氷、突風荷重、乱気流に関する研究や、基礎的な飛行実験手法や、操縦特性の研究などです。また、当時NALでは短距離離着陸(STOL)実験機「飛鳥」の開発を行っていましたが、そのためのHUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ)や、FR(フライト・リファレンス)表示装置の飛行実証も行い、飛鳥プロジェクトにも貢献しました。このような活躍に加えて、ビーチの最も大きな特徴は、1979年にイン・フライト・シミュレータに改造されたことです。
 シミュレータは、地上でいろいろな航空機の操縦を模擬する装置ですが、イン・フライト・シミュレータは、それをイン・フライト、すなわち空中で行うものです。搭載コンピュータに、別の機体の特性を入れると、パイロットはあたかもその機体を操縦しているような体験をすることができます。イン・フライト・シミュレータとしてのビーチが残した大きな成果の一つに、事故調査があります。1985年に、日本航空のジャンボジェット機が御巣鷹山に墜落する事故が起こりました。その際は、客室後方の圧力隔壁が破損した影響で、機体の垂直尾翼が破壊し、ダッチロールと呼ばれる特徴的な運動をしながら墜落しました。NALはその事故調査に協力し、「垂直尾翼のなくなったジャンボジェット機」の特性をビーチのコンピュータに入れ、ジャンボ機が行ったと考えられるダッチロール運動を空中で再現しました。

 ビーチはその老朽化に伴い、2000年にイン・フライト・シミュレータの機能を後輩のドルニエ機に譲り渡しましたが、その後も飛行実証に活躍を続け2011年に引退しました。NALの創生期からJAXAまで足かけ50年間、我々のために飛び続けてくれた思い出深い機体です。現在は、石川県の能登にある日本航空学園の格納庫で、将来の日本の航空を背負っていくであろう学生さんの教材として、静かに余生を送っています。

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