つかみどころのない火炎

JAXAメールマガジン第212号(2013年12月20日発行)
立花繁

つかみどころのない人という表現があります。特徴がつかみにくい。ああ言ってもこう言っても、どうも響かない。思うような反応がない。そういう場合に用います。人間は人と接するとき、自然と自分の行動に対する相手の応答を予測しながら行動しているように思います。予想から外れた応答が多い場合に、つかみどころのない人、と感じるのではないでしょうか。

私の大好きな柔道でも応答を制する者が勝ちという部分があります。「柔よく剛を制す」の極意は相手の力を最大限利用することと言われますが、これは相手の応答をうまく利用することに他なりません。非常にオーソドックスな例を挙げれば、小内刈りで相手を後ろに倒そうとする→相手はバランスを回復しようとこらえる(応答する)。この応答を利用して、今度は相手のバランスを前方に崩すことで背負い投げの作りへと繋げます。言うは易しの世界で、体で覚えるには別次元の修業が必要ですが、少なくとも、柔道に打ち込むと自ずと人間観察が趣味になるように思います。瞬時瞬時に相手の考え(の先)を読むことが勝つために必要とされるからです。作家・井上靖の小説における人間描写が非常に生々しく感じるのは、卓越した文章表現もさることながら、青年時代に熱心に打ち込んだ柔道を通して体得した人間観察力がその基盤にあるように思います。

話が余談にそれましたが、火炎にも応答特性というものがあるのです。ジェットエンジンやロケットエンジンの燃焼器は、つまるところ、筒の中で火を燃やす装置と言えます。筒の中には高速の流れがあり、流れには乱れが乗っています。燃焼器入口での乱れに対して火炎が発熱の変動を増幅するように働くか働かないか、働くとしたらどの周波数成分が増幅されるのか、その時の位相関係はどうなっているのか、そういった火炎の個性のことを、火炎の応答特性と呼びます。火炎にそのような個性が表れる原因は、具体的には、周期的な渦の放出と火炎との相互作用、圧力変動が燃料噴射量に与える影響、速度変動が液体燃料の微粒化に与える影響等々、複雑なプロセスによっています。燃焼振動という不安定現象がエンジン燃焼器開発の主要な技術課題となっていることは、JAXAメールマガジン第196号のコラムで触れました。火炎の応答特性を把握することは、燃焼振動の抑制に繋がります。どういう乱れ成分があると不安定が増幅されるかを予測することができれば、そのような入力を減らすための対策を練ることが可能となるからです。

一方、どんな乱れにも応答しないような、とことんぼやけた応答特性を持つ火炎を作ることができたら、燃焼振動は発生しません。“つかみどころのない火炎”を作ることが燃焼振動抑制技術を開発する研究者の一つのテーマとなっています。