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宇宙航空研究開発機構

フライトフラッタ試験の思いで

JAXAメールマガジン第235号(2014年12月19日発行)
中道二郎

1984年の冬と覚えている。当時NAL(航空宇宙技術研究所、現・JAXA)では、国を挙げた「飛鳥」プロジェクトを推進していた。「飛鳥」の開発はFJR710エンジンと機体の同時開発として珍しいケースであった。

C1本来のエンジンP&W JT8Dの外舷側に旧NALで開発中だったのFJR710/600Sが見える。

エンジン開発の最終段階として、エンジン空中試験というのがある。実飛行条件での性能確認である。この試験には、航空自衛隊の所有するC1輸送機改造のエンジンフライトテストベッドを用いることになった(今も健在である)。C1輸送機の右翼の外舷側にもう一つ、試験すべきエンジンをぶら下げる左右非対称の珍しい形態となる。私の役目は、エンジン性能確認ではなく。エンジンテストベッドの特に右翼のフラッタに関する安全性の確認ということであった。

試験が始まり、前段階のフラッタ確認試験に計測班として搭乗するよう命じられた。フラッタ計算結果をプロジェクト側に報告はしたものの、フライトフラッタ試験は正直言って嫌であった。空力性能計算だと“理論計算ほどには性能が出ないね”などの議論で終わる筈であるが、フラッタの場合は違う。落っこちてしまう。昔から航空の世界では、設計・計算した人は試験飛行に搭乗しないのが慣例ではないか、など当時の部長さんにゴネてはみたものの、やっぱり駄目。

時期は1月、雪が降る時期と覚えている。航空自衛隊岐阜基地の航空実験団(現・飛行開発実験団)に合流した。天候が合わないということで時間が過ぎた。この時間が良くない。今までの自分の計算のファイルを見直し、大丈夫か?気になる。

いよいよ、試験飛行となり、嫌がっているのを後ろから押し込まれるような状態で機内に入った。飛行試験など勿論初めてである。通常、フラッタ試験が一等先にくる。岐阜を離陸して、若狭湾上空の実験空域まで行く。高度、マッハ数を指定、水平飛行、エルロンジャーク(飛行機の翼後縁に装備されているエルロン(補助翼)を急激に操舵し翼および機体に振動源を与える方法)を入れたあと機上で応答を解析、減衰率を求めプロマネ報告し、安全であれば機長に次のケースの飛行条件を指定するというのが私の役目として定められていた。
エルロンジャークが入ると、通常の旅客機では経験できないほどの衝撃がある。始めての者にとっては、ぐらぐらと何が起こったか分からぬほどである。翼の応答から、減衰率を求める。簡単な作業であるが、不思議なことに、飛行試験に慣れない人間には(少なくとも私には)とても難しい。初めてのフライトフラッタ試験という緊張と気圧の所為としておく。頭は半分以下。

最初のエルロンジャークの応答解析の結果、規定の減衰率を下回る結果となった。プロマネに報告すると、次のケースの判断をしろということである。私は、機長に対して減衰率規定以下のため、以後の試験中止、岐阜基地への帰還を要請した。機長はなんのためらいも無く、「了解」と発して私の言うとおりすぐさま岐阜への帰路についた。
大失敗である。降りてから、当然、試験結果の吟味が始まる。再計算した結果、何の問題も無く十分な減衰率が確保されていた。1フライト無駄にした。プロマネから叱られた。1フライトいくらかかると思ってんだ!ただ、機長は慰めてくれた。飛行試験は少しでもリスクがあれば最も安全な選択をしますと。

試験は続いた。私は当然下ろされるだろうと覚悟していたが、プロマネは私に再度搭乗を命じ、同じ作業を任せた。2フライト要したと記憶している。当初予定したケースの翼の減衰率をすべて計測し、フラッタクリアーの結論を得た。私を見離すことなく計測員として使ってくれたプロマネ、機上での作業を後ろから見守っていただいたメーカの先輩、皆さんに大変お世話になった。入所3年目くらいの私にとって、この経験はその後の研究に大いに役に立った。感謝している。

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