スマートフォンサイトを表示

宇宙航空研究開発機構

再突入と翼-翼は着陸のため?-

JAXAメールマガジン第240号(2015年3月20日発行)
白水正男

このコラムに時々出現する“航空”と“宇宙”の中間的な話です。今回は再突入飛行における翼の意味についてお話しします。
最初にちょっと基本的なところから。揚力を得るには翼が不可欠だと思っている方も多いかもしれません。でも米国のアポロ宇宙船やロシアのソユーズ宇宙船、それから米国が開発中のオリオン宇宙船など、いわゆるカプセル形状の宇宙船でも再突入飛行中に揚力を使っているものがあります。
物体が空気の中を進むと進行方向と逆向きの力(=抵抗力)を受けることは直感的に分かりやすいですよね。でも形次第では横方向にも力が作用し、それを揚力として使うことができます。カプセルは一般に円錐や釣り鐘のような軸対称形をしているので、対称軸の方向に飛んでいる限り揚力を出すことはできません。でも重心位置を予め中心軸上から少しずらしておくと、カプセルは進行方向に対して少し傾いて飛行し、結果として揚力を生み出すことができるのです。

次に、揚力を使うとどんなことができるか考えてみましょう。
紙を丸めて投げると、揚力がないので地面に向かって落下していきます。でも紙飛行機にすると高いところまで上昇することもできます。カプセルの再突入でも、揚力があるとそれだけ高いところを飛ぶことができます。高いところを飛ぶと空気の密度が薄いので、再突入飛行の大きな障害である空力加熱を小さくすることができます。まずこれが揚力を持つ大きなメリットです。また空力加熱と共に、乗員が感じる減速度(いわゆる“G”)を小さくすることもできます。
もう一つのメリットは経路のコントロールです。飛行機がバンク姿勢をとって進路を変えるように、カプセルが揚力を持てば、バンクして揚力の方向を傾けることで飛行経路を左右に曲げて目標地点に向かっていくことができます。アポロ宇宙船やソユーズ宇宙船が、回収船や回収隊が待っているすぐ近くに降りて来られるのは、揚力を使って経路をコントロールしているからです。

前置きが長くなりましたが、ここからが今回の話の本題である“翼”の話です。
揚力の大きさを表す指標の一つに“揚抗比”というものがあります。揚力の大きさを抵抗で割ったもの、つまり抵抗の何倍の大きさの揚力を得られるかという指標です。巡航中の旅客機では15くらいになります。再突入機の揚抗比は、カプセルは元々が丸っこい形をしていることもあって、頑張っても0.3くらいです。翼があるスペースシャトルは大雑把に1くらいです。
スペースシャトルは旅客機にくらべるとちょっとずんぐりしているけど、揚抗比はそんなに違うの? と思われるかもしれません。スペースシャトルの揚抗比が旅客機より小さいのは、大部分が極超音速と呼ばれるマッハ数が5以上の速度で飛行するからです。極超音速では形を工夫しても揚抗比をそんなに大きくすることはできず、頑張っても1程度なのです(スペースシャトルでも、旅客機などと同じくらいの速度になれば揚抗比は3くらいになってきます)。

では、この1程度の揚抗比とカプセルの0.3くらいの揚抗比が、先ほど説明した揚力の二つのメリット、空力加熱やG(減速度)を小さくすること、経路を曲げることに対してどのような違いを生み出すでしょうか。
まず熱とGの観点です。揚抗比が1であると、飛行中の最高温度は揚抗比0.3の時に比べて500℃以上低くなります。現在の技術レベルでは、揚抗比0.3のカプセルが遭遇する温度に対して使える再使用可能な耐熱材料はありません。ソユーズ宇宙船も今米国で開発中のオリオン宇宙船も、耐熱材料は材料自体が変質することによって熱を防ぐ使い捨てのものです。コロンビア号の事故の原因になったカーボン/カーボン複合材料などの再使用可能な耐熱材にはまだ改良しなければいけないところがありますが、通常の航空機のように再使用できる機体を作るには、揚抗比が1程度であることが重要です。またGの大きさも、揚抗比0.3では訓練を受けていない人が耐えるのは難かしい5~6Gになりますが、揚抗比1では健康な人なら問題がない2G程度以下にできます。

次に飛行経路です。速度が速くなればなるほど急に曲がるのが難かしくなることは、自動車や新幹線を考えればわかると思います。マッハ10~20の飛行では経路の半径が1000kmオーダーになるので、普通の飛行機のように宙返りしたり飛行方向を90度変えるようなことはできませんが、再突入飛行中に左右方向にコントロールできる距離は、揚抗比0.3では数百km程度、揚抗比1では1000km以上になります。
宇宙船が地球を回る軌道から特定の地点に降りるためには、その地点の上空に一番近いところを軌道が通過する周回に再突入して、あとは飛行中に経路をコントロールしながら目標点に近づいていくことになります。(宇宙空間でロケットエンジンを使って経路を予め変えておくことは、大量の燃料を必要とするため非現実的です。)ところが宇宙船が地球を1周するのに約90分かかるので、隣り合った軌道との間の距離は2500kmくらいあります(軌道は動かないのですが、宇宙船が1周する間に地表が約2500km動いてしまいます)。つまり目標点から一番近い軌道を選んでも、軌道は最大で2500kmの半分弱(軌道が傾斜していることを考えると半分よりは短くなる)の1000km程度目標点からずれてしまいます。このため、地表に固定された特定の空港などに着陸するためには、再突入したあとに経路を1000km程度曲げる必要がでてきます。
揚抗比0.3のカプセルの場合は経路は数百kmしか変えられませんので、目標の空港までたどり着けないケースが出てきます。カプセルが地表に戻ってくる時には、回収船や回収部隊の方が降下予定地点に移動して待ち受けるか、軌道が目標点の数百km以内を通過する機会を(何日か)待たなければなりません。一方、揚抗比が1くらいあると、特定の飛行場に降りることができる機会が1日に2回以上でてきます。

翼には滑走路に水平に着陸するためという役割ももちろんあります。水平着陸だとパラシュートを使う場合よりずっと大きな機体を着陸させることもできるのです。でも、再突入機の翼(正確には翼があることによる大きな揚抗比)は、滑走路に着陸するためだけではなく、再使用できる耐熱材を使用し、乗員が過酷なGに曝されることなく、空港などの固定地点に到達するために、言い換えれば普通の飛行機のように運用するために必要なものなのです。

補足:有翼機とカプセルの中間的な形態として、胴体の形を工夫して低速でも揚力を出すリフティングボディと呼ばれるものがあります。この種の機体の極超音速での揚抗比は有翼機とあまり変わらず、再使用耐熱材の適用、G環境、目標点への到達能力などでは有翼機とほぼ同等です。ただ、着陸時の揚力は翼ほど大きくないので、滑走路への着陸では接地速度が速くなることなどから有翼機に比べて高度な技術が必要になります。

ページTOP