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宇宙航空研究開発機構

Gについて -快適に宇宙に行くために-

JAXAメールマガジン第248号(2015年7月21日発行)
白水正男

今回は、宇宙に行く、宇宙から帰ってくる際の重力加速度、いわゆるGについての話です。
高校の物理で学んだように(もう、忘れた?)、加速運動をすると見かけの力(慣性力)を受け、重力の大きさが変化したように感じます。これも高校の物理で習ったように、速さが遅くなるのも加速運動ですし、同じ速さで回転するのも加速運動です(その時感じるのが遠心力です)。国際宇宙ステーションの中で無重力(正確には微小重力)になるのもこの現象の1つで、軌道を周回することによる遠心力が地球の引力と釣り合うから重力が消えてしまったように感じるのです。このような加速運動に伴う見かけの力が地上での重力の大きさの何倍になるかという表し方として、○Gという言い方があるのはご存知と思います。宇宙に行ったり宇宙から帰ってくる際にどうしてGが大きくなるのか、それを避けるためにはどうすればいいのかなどをお話しします。
Gは人に限らず物体にも作用します。ロケットに搭載されている機器にも地上での何倍かの重力がかかっていますが、5Gや10Gに耐えられる機器を作ることは難しくありません。Gの問題は、もっぱら乗っている人間にとっての問題です。

冒頭から余談ですが、しばらく前に“Gravity”という映画がありました。邦題は“ゼロ・グラビティ”でした。原題にはzeroがついてなく、そのタイトルが意味するテーマは、映画のラストシーンに見られるように、無重力の宇宙から帰ってきた時に感じる地上(“母なる地球”です)の重力のことだと思ったのですが、なぜか邦題ではゼロをつけて宇宙にいる時の無重力の方をテーマとして打ち出しています。あの映画をご覧になった方は、そのあたりの違いをどう思われたでしょうか?

本題に戻して、まず打ち上げ時のGです。地上から軌道速度(約7.8km/s)まで大きな加速するのでGが大きくなるのは当然だろう、というのは自然な考えです。そのGを小さくしようとすると何が起こり、その解決にはどうすればいいか、です。
一つ目は、原理的な問題です。ロケットはエンジンを使って空中に浮いています。仮にロケットエンジンを使って空中の一点に静止している状態を考えると、そのためにはエンジンが自重と同じ大きさの推力を出し続ける必要があります。この場合、速度も高度も増えませんので宇宙に行くという意味では何もしていません(思い出すのもイヤかもしれない高校物理の用語では、この状態を“仕事をしていない”といいます)が、このように自重を支えるために推進剤が必要(無駄?)になることを重力損失といいます。宇宙に行く時のGを小さくするということは時間をかけてゆっくり加速するということであり、軌道速度に達するまでの時間が長くなることを意味しますが、重力損失は軌道に達するまでの時間が長ければ長いほど大きくなってしまい、それだけ推進剤を余分に搭載する必要がでてきます。つまり、重力損失を減らして効率的に打ち上げるにはなるべく短時間で、いいかえればなるべく大きな加速度で打ち上げた方がいいのです。これが、打ち上げ時のGを小さくできない(したくない)一つの理由です。
またちょっと脇道にそれて、では、何時間も飛び続ける飛行機の場合、この重力損失はどうなっているのかです。飛行機の場合は自重を支えているのは翼が発生する揚力です。では、自重を支えるためのロスはないのかといえば、そうではありません。飛行中の空気抵抗は、機体が空気の中を進んでいくことによる抵抗と、翼が揚力を発生することによって発生する抵抗の合計であって、後者がいわば重力損失に相当します。しかし、その抵抗の大きさは自重に比べると1桁以上小さくて済み、これが翼の機能のすばらしさの一つです。
打ち上げ時のGが大きくなる二つ目の理由は技術的な問題で、ロケットの質量とエンジン推力の大きさの関係です。ロケットが重力に打ち勝って上昇し十分な加速していくためには、自重より大きな推力が必要です。ところが、ロケットの場合、打ち上げ時の質量の大部分(8~9割程度)が推進剤ですから飛行中にどんどん軽くなっていきます。加速度の大きさは、推力÷質量(重力のことは無視しています)に比例しますから、Gは飛行中にだんだん大きくなってしまいます。もちろん、軽くなるにつれて推力も小さくすればいいのですが、ロケットエンジンは推力を小さくすることが不得意なのです。ロケット自身が軽くなってくることによるGの増大を避けるためには、推力の大きさを調節できる範囲が広いエンジンを開発するなどの課題を解決する必要があります。

次は帰還時(再突入時)のGです。メルマガ240号で再突入と翼の話をしましたが、帰還時に翼(正確には揚力)を用いることによって、同じ速度でも空気が薄い高空を飛行することができ、そうすると空気抵抗も小さくなるのでGを小さくできます。では、そうやってGを小さくしようとするとどういう困ったことが起こるかです。
まずは原理的なものです。帰還飛行中のGと空力加熱の大きさは、比例はしませんが、Gを小さくすると加熱率も下がってきます。この結果、機体表面の最高温度も下がって再使用可能な熱防護材料が使用できるようになることはメルマガ240号でお話しした通りです。でも、そうすると加熱率(単位時間あたりに入ってくる熱の量)は小さくなりますが、逆に空力加熱を受ける飛行時間がずっと長くなってしまい、結果的に帰還飛行全体の空力加熱の総量(総加熱量と呼びます)は何倍も大きくなってしまうことが原理的に避けられません。その大きな総加熱量から機体を護るためにはそれだけ熱防護系を増やす(端的には厚みを増す)ことが求められて、機体重量が増加してしまいます。
もう一つは技術的な問題で、揚力を出すように翼を付けたり機体の形状を変えることにより機体の質量が増えてしまいますし、機体の姿勢をコントロールするための装置(舵面やガスジェット装置など)も必要になります。(なお、メルマガ240号で詳しく書きましたが、再突入における揚力は、G環境の緩和だけでなく運用性などについても多くの利点を持っています。)それだけ重い機体になってしまいますし、積める荷物も減ってしまいます。

ロケットとカプセルという組合せはシステムとしてシンプル(それでも十分複雑ですが)で効率も高いものですが、G環境一つとってみても一般の人にはかなり過酷なものです。上でお話ししたように、Gを小さくし一般の人でも訓練なしに搭乗できるようにすることは可能です。でも、そのためには技術も必要ですし、原理的なペナルティもあります。
しかし、馬に直接乗るのではなく馬車という形にすることにより、誰でも乗れるようになったし大きなものも運べるようになりました。馬車はさらに自動車に発展していきました。宇宙に行く、宇宙から帰ってくるための乗り物も、まだまだ発展の極めて初期にあります。技術的に課題は多いですが、より快適な乗り物にしていくことが求められていると考えています。

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