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宇宙航空研究開発機構

『最後の30秒』が伝えるもの

JAXAメールマガジン第261号(2016年2月19日発行)
吉田憲司

皆さん、こんにちは。再登場のD-SENDプロジェクトチームの吉田憲司です。

私は、以前ある大学の集中講義をさせて頂いたことがあります。今回はその時の話を少々。非常に飛行機好きの学生さんが講義終了後、(故)山名正夫先生の『最後の30秒』を読みましたか? と質問してきました。曰く、「人生で最も影響を受けた本」であり、その感動を誰かと分かちあいたい、とのことでした。山名先生は「美しい形は必ず空力性能が良い」という設計の“極意”を語ったことで有名ですので、その学生さんの熱い思いは何となく想像できました。

そして、そのあとに続いた質問内容は「本の中でボーイング727の主翼は逆キャンバーとあるが本当か?」というものでしたが、当時の私の常識ではそれは何かの間違いではないか? と思いました。そこで、早速手元の文献などを調べてみたのですが、逆キャンバーになっているのかはわかりませんでしたので、『最後の30秒』の古本を購入し読んでみると、確かに内翼には逆キャンバーが使われおり、しかもかなり大きめのものと書かれていました。山名先生がその翼断面図をご自宅で描いている時、奥様が「上下逆さま!」と間違って注意してしまったというこぼれ話付きでした。当時は巡航性能を向上させるため、後退翼の内翼に逆キャンバーを採用することが多かったそうです。

そして、読み進めていくと全編を通じて1966年に起きたボーイング727の品川沖での墜落事故の原因究明に山名先生が如何に心血を注がれたかが熱く伝わってきました。この本は、先生が事故調査委員会の報告書に記載された原因に納得されず、独自に事故状況を分析した結果、一つの仮設を立て、一つずつ実験により検証した報告内容を書籍としてまとめたものですが、その緻密さは鬼気迫るものを感じました。

私が最も感動したのは、“理屈抜きの実感”という言葉でした。先生はそれを原動力に調査を続けたのだと思います。本にはこうあります。「私達の身辺には力学原理の標本のような例がいくらでも見られる。例えば、釘を打つ時、金槌で一突きすれば子供でも釘が打てるが、もし釘の頭をジワリと押しても大人と言えども絶対に打ち込めない。これが“力積”を人類が利用している一例である。これを味わうことを重ねると、ある種の感覚が身体のどこかに蓄えられ、理屈抜きの実感が湧くようになる」と。山名先生の「美しい形」と「理屈抜きの実感」は、現代の最適化という効率主義とは明らかに次元が異なります。きっと真の工学的作品にはこのような次元の異なる側面からのアプローチも必要なのではないでしょうか! そう思いますと、飛行機設計には必ず個性があって良いと思います。

この『最後の30秒』という古い本から未来の設計法のヒントを教えられたような気がします。まさか若い学生さんから“温故知新”を知らされるとは!

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