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宇宙航空研究開発機構

航空と宇宙の狭間にて -私見 その1-

JAXAメールマガジン第273号(2016年8月22日発行)
白水 正男

航空や宇宙のことを考える時に、その基本的な違いの一つに“大気”に対する見方があります。衛星打ち上げロケットは地上から離れる時にまず真上(または真上に近い方向)に向けて上昇していきます。これは大気圏というロケットの加速にじゃまになる層をなるべく早く通り抜けるようとするのが一つの理由であって、もし大気がなければもっと水平に近い方向に飛行していく方が効率はよくなります。ロケットにとって、大気は避けるべき邪魔者です。 一方、航空機は翼で発生する揚力を使って自重を支えますし、エンジンで燃料を燃焼させるのにも大気を使います。大気は航空機にとって抵抗にもなりますが、でも、大気なしには航空機は飛行できません。大気は利用すべき対象です。

空気吸い込み式のエンジンを使って宇宙に行ったり、揚力を使って宇宙から帰ってくる再使用型宇宙輸送機は、航空の世界と宇宙の世界がぶつかり合う異文化交流の最前線であり、例えば大気圏というものに対しても、“邪魔者”と“利用すべき対象”のせめぎ合いがしばしば生じます。どのように折り合って最適にしていくか、私が経験した具体的な例を紹介してみます。

メルマガNo.229で、極超音速飛行実験(HYFLEX)の実験機の形がどういう理由で決まっていったか紹介しました。航空と宇宙のせめぎ合いの例は、その打ち上げ経路の話です。
HYFLEXがJ-Iロケットから分離される速度は、J-Iロケットの打ち上げ能力やHYFLEXの滑空距離、HYFLEXの耐熱性能などから決まり、約4km/sとされました。次に、分離される高度を決めなければなりません。HYFLEXは主翼がない変な形をしていますが、揚力を使って自重を支えるという意味では“航空機”です。4km/sで自重を支えるためには高度80km程度の大気密度が必要でした。大気密度は大雑把にいえば高度が5km高くなる毎に1/2になります。揚力は大気密度に比例しますから、高い高度で分離されると揚力が足りなくて、大気密度が高くなる高度まで落下してしまうことになります。 一方、HYFLEXの打ち上げに使われたJ-Iロケットは、中型の衛星を打ち上げるために開発されていたもので、地上を離れたらなるべく早く大気圏を抜けてしまうことを前提に設計されており、4km/sで高度80kmを飛行するようには作られていません。気持ちよく飛行すれば、この速度では高度が150kmくらいになります。もし80kmくらいの高度で飛行しようとすると色々な問題が生じます。
例えば、ロケットの表面には通信用のアンテナが取り付けられていますが、大気密度が高い高度を飛ぶと空力加熱でアンテナの温度が許容範囲を超えてしまいます。温度の問題だけならアンテナを空力加熱から保護することで解決することもできますが、この速度と高度で飛行すると、ロケット周りの大気が電離して電波が地上に届かなくなるブラックアウトが起こる恐れもありました。HYFLEXの打ち上げはJ-Iロケット1号機の試験飛行でもあり、飛行中のデータが確実に地上に送られてくることが必要とされていました。このほか、HYFLEXの機体をカバーしている衛星フェアリングも、このような条件(低い高度では動圧という空気の力がかかります)で開けることにも課題がありました。
上に述べたこと以外にも、低い高度にロケットを打ち上げるためには、打ち上げ直後に経路を寝かせる経路変更をしなければならないことから、衛星打ち上げに比べるとロケットに大きな曲げモーメントがかかってしまうなどの問題もありました。 結論的には、J-Iロケット側にも譲ってもらって、打ち上げ経路の最高高度は110kmになりました。高度110kmで分離するとHYFLEX実験機は80kmくらいまでは“落下”に近い状態です。しかも、落下の勢いがついてしまう(専門的にいえば、経路角が下向きに大きくなってしまう)ので、勢いあまって自重を支えることができる高度より一旦低い高度まで行ってしまうというある意味では乱暴な飛び方になってしまいます。飛行経路の設計も大変になりますし、そのために空力加熱が大きくなってしまうので最高速度を少し下げるような調整もしました。

高い空気密度がほしいHYFLEX実験機、大気などない方がいいJ-Iロケット。航空機を宇宙ロケットで加速しようとすると、工夫や努力が必要になってきます。

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