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宇宙航空研究開発機構

航空と宇宙の狭間にて -私見 その3-

JAXAメールマガジン第290号(2017年5月22日発行)
白水正男

航空と宇宙の違いについて、前回(No.280)は大げさにいえば文化の違いのようなことを書いてみました。今回はもっと技術的な観点です。衛星が落ちてこないのは遠心力が引力と釣り合っているから、飛行機が空に浮いているのは翼の揚力と重力が釣り合っているから。では、スペースシャトル・オービターのような再突入揚力機が宇宙から地上に戻る途中ではどうなっているかという話です。

スペースシャトル・オービターが地球周回軌道を回っている間は、形はともかく、運動力学的には完全に衛星です。すなわち、姿勢制御はRCSと呼ばれるガスジェットで行いますし、軌道変換はOMSと呼ばれる小型のロケットエンジンを使います。地上に落ちてこないのも、遠心力が地球の引力と釣り合っているからです。翼や舵面は何の役にもたっていません。

再突入は軌道離脱から始まります。軌道離脱と呼びますが、これは作業としては軌道変換に過ぎません。OMSを進行方向と逆向きに噴射して速度を下げます。これは“逆噴射”と呼ばれるのでロケットの打ち上げのような激しいことが行われているかのような印象をお持ちの方もいらっしゃるようですが、典型的には速度を100m/s程度(周回速度は7km/s以上ですから、そのわずか1%あまりにすぎません)下げるだけです。その結果、“軌道離脱”の前には例えばISS(国際宇宙ステーション)と同じ高度400km程度の円軌道にあったオービターの軌道が、近地点(地球に最も近づく点)が高度90km程度の楕円軌道に“軌道変換”されるだけです。400kmが90kmというと大きな変化のように思えますが、軌道半径という意味では6778kmが6468kmというように2%あまり小さくなるだけです。

再突入飛行は、“衛星”の軌道変換として始まります。ただ、衛星の一般の軌道変換と異なる点がひとつあって、それが重要なのですが、近地点がいわゆる大気圏の中(正確にいえば、大気による抵抗が無視できない高度)にあることです。

“軌道変換”された再突入機は近地点に近づくに従って大気による抵抗を受け始め、楕円軌道を回っている場合より速度が少しずつ遅くなります。楕円軌道は遠心力と引力が釣り合った経路ですから、それより速度が遅くなると遠心力が小さくなり、引力に引かれて高度が低下して大気密度が高くなりさらに速度が遅くなっていきます。一方、大気密度が高くなってくると抵抗と同時に揚力も受け始めます。“衛星”を少しずつやめながら“飛行機”を少しずつ始めていきます。

この場合、遠心力+揚力=引力というようになる経路を選んで飛行することも理論的には可能です。でも、空力加熱や着陸点への誘導のことを考えると、そういう飛び方はしません。実際の経路では遠心力+揚力>引力になり、そのままでは浮き上がってしまうので、機体が浮き上がらないように調整しながら飛行します。では、その調整(コントロール)はどう行うのでしょうか。

再突入機では、揚力を変化させて経路を調整します。一般に飛行機(旅客機のような穏やかな飛び方をするもの)では、高度を変えるための揚力の調整には迎角を変えて発生する揚力の大きさを変えます。しかし再突入機では、迎角ではなくバンク角を変化させます(すなわち、揚力の大きさを変えるのではなくバンク角によって揚力の鉛直成分を変化させます)。その理由はいくつかありますが、最大の理由は、再突入機は40°前後の大きな迎角で飛行しているため、少しくらい迎角を変えても揚力の大きさはあまり変わらず、また迎角を大きく変えることは飛行力学的に困難だからです。揚力の鉛直成分の大きさを変えるためのバンク角は60°以上になり、一般の飛行機とはかなり違ったイメージの飛行姿勢です。

再突入飛行中の再突入機は、高度のコントロールに衛星のようにロケットエンジンを使わず、飛行姿勢を変えながら揚力を使って行うという意味では“飛行機”的です。でも、自重を支えるという観点では、“衛星”的な遠心力も役割を果たし続けています。速度が周回速度の半分くらいに低下してきた頃でも、遠心力はまだ自重の1/4を支えています。

そうやっているうちに高度も低く速度もずっと遅くなってきます。迎角もバンク角も小さくなって、飛び方は完全に“飛行機”の世界です。でも、まだ、パイロットが自分の感覚で操縦することはできません。一般の飛行機と比べた場合の再突入機の特徴のひとつとして、推進用のエンジンを(一般に)持たないということがあります。飛行中に使えるエアブレーキも、地面の上を走っている乗り物ほど強力なものではありません。そのように速度を自由に増減できない機体を目的地まで飛行させ、かつ到着した時に着陸が可能な速度まで減速させているためには、目的地までの距離に応じて時々刻々の運動エネルギー(速度)と位置エネルギー(高度)を適切に選んでいく必要があります。これはパイロットの勘に基づく飛行では不可能です。飛ぶ経路をコンピュータに委ねないといけないという意味では、まだ“飛行機”というより“衛星”的な面を引きずっているともいえます。

このように、軌道から戻ってくる再突入機は、衛星という性格を次第に飛行機に切り替えながら高度と速度を下げていきます。

滑走路が見えてきて、いよいよ着陸です。特性が悪いグライダーではあるものの、ようやくパイロットが自分の判断に基づいて操縦できる“飛行機”の世界です。スペースシャトル・オービターの場合、ここから先はコンピュータによる自動着陸とパイロットによる操縦のどちらかを選択できるそうです。でも、着陸をコンピュータに任せたパイロットはこれまでいなかったと聞いたことがあります。宇宙飛行士も、最後はヒコーキ野郎になりたがるようです。


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