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宇宙航空研究開発機構

航空と宇宙の狭間にて -私見 その2-

JAXAメールマガジン第280号(2016年12月5日発行)
白水正男

航空と宇宙が同居している宇宙航空研究開発機構。前回(No.273)書いたように、航空と宇宙では技術的な共通点も多いですが、考え方が異なる部分もいろいろあります。今回は、飛行試験に関する考え方の違いに触れてみます。サブタイトルに“私見”とあるものの、この話題はよく語られており、そういう意味では“私なりのまとめ方”というところでしょうか。

ロケットでは事前に(すなわち、地上で)徹底した試験を行って問題点の抽出と対策を済ませてから一気に本番の打ち上げを行うのに対し、飛行機では飛行試験を繰り返しながら確認と必要な改良を段階的に進めていくのが一般的です。飛行機も飛行試験前に地上で行っておく試験や解析の質と量は他の多くの工業製品に比べると膨大なものがありますが、それでも、宇宙と航空では上に述べたような違いが存在します。
では、なぜそのような違いが生まれたのでしょうか?

いちばん分かりやすい理由は、ロケットでは段階を踏んで飛行させていくことが技術的にほぼ不可能だということがあります。地球周回軌道に衛星を打ち上げるロケットを、まずは高度10kmまで上げてみて、次は高度50kmまで…というようなことは実際的ではありません。途中でエンジンを止めて“今回はここまで”ということはできますが、そのロケットは地上に戻ってこられるわけではなく(最近は戻ってくるロケットの開発も進められていますが)、途中で止める意味がありません。それに対し飛行機は、空に飛び上がる前に滑走路上で少しずつ速度を上げて試験を行い、離陸したあとも、飛行を重ねる毎に速度などの範囲を次第に拡げていく、ということが技術的に難なくできます。

もう一つの大きな理由は、ロケットと飛行機の飛び方の違いです。飛行機は“自由に”空を飛び回ることを目的として作られます。普段は決められた通りのおとなしい飛び方しかしない旅客機も急降下や急旋回などが可能ですし、緊急時などには実際にそういう飛行をすることがあり得ます。高度や速度あるいは迎え角などを広い範囲で変えて飛行できることが求められますし、気象条件もロケットに比べるときびしい環境で飛行できる必要があります。飛行機の飛行試験では、そういう飛行範囲(エンベロープと呼びます)全体やきびしい条件下で所定の飛行ができることを確認するため、数多くの飛行試験が必要となります。
一方、ロケットが上昇する際の速度と高度の関係はほぼ一定です。また、例えば経路を大きく変化させるために大きな迎角で飛行するようなこともありません。この経路をノミナル経路と呼ぶことがありますが、ノミナル経路で飛行できることが確認できれば試験は終了ということになります。ロケットでも最初の複数回を試験飛行とすることがありますが、それは条件を意図的に変えた試験を行うのではなく、個体差などのばらつきも考えて念を入れているのです。また、飛行機では、エンジンが一つ停止した場合に代表される故障などへの対応も実際に飛行させて確認します。ロケットにおいてもある範囲であれば複数のエンジンの一つが故障してもミッションを達成できるように設計されている例もあります(米国のスペースシャトルでは、実際に起こりました)が、それを予め飛行試験で確認するようなことは行いません。
この違いは技術的な優劣の話ではありません。ロケットは到達速度など極限的な性能が要求されるため、逆に飛び方に強い制限があります。一方、飛行機は、絶対的な性能ではロケットより低いですが、自由度が高い輸送手段としていろんな条件下でいろんな飛び方をすることが求められているという性格の違いが背景となっています。

この違いは、JAXAにおける研究開発の姿勢などにも違いを生んでいます。JAXAの前身の一つである宇宙開発事業団は“宇宙”の“開発”を行ってきた組織でした。航空宇宙技術研究所は“航空”を中心に“研究”を行ってきました。上に述べたような宇宙と航空の違いと、それに加えて開発と研究における考え方の違いも相まって、JAXAになった当初にはお互いの“文化”を十分理解できない傾向がみられました。
JAXAとして統合される少し前に、宇宙開発事業団と航空宇宙技術研究所が共同で実施した宇宙往還技術試験機(HOPE-X)のための小型自動着陸実験(ALFLEX No.266参照)において、次のような議論が両機関の担当者の間であったと聞いています。この実験は、無人の実験機をヘリコプターから投下して自動着陸をさせるというものですが、その実験回数を、再現性も含めてノミナル経路の3回でよしとする宇宙開発事業団の担当者、分離条件などを変えながら10回以上行うべきという航空宇宙技術研究所の担当者。これも、上に述べたようなことから来る考え方の違いが背景にあったのだろうと思います。

これまでの発達の経緯や技術的な背景から生じた宇宙と航空の考え方などの違いは、これからは減っていくと私は考えています。飛行機が宇宙に行くという言い方もできる再使用型宇宙輸送システムは、技術的にも両者の性格を持っています(よって、困難度が高いとも言えます)。宇宙だ航空だという時代ではなくなってくる面があると思ってます。
ただ、二つの異なる考え方を融合させてさらに優れた文化を創ることは、宇宙と航空に限らず、容易なことではありません。単なる足し算では意味がないし、足して2で割る中間的なものではそれぞれの特長が薄まってしまいます。口幅ったいことをいえば、JAXAにおいては、宇宙と航空の文化に対する相互理解がだいぶ進んできていると感じています。私自身はもう引退ですが、今後、そこに新しい融合文化が生まれることを願っています。


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