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宇宙航空研究開発機構

航空と宇宙の狭間にて -私見 その5-

2018年4月20日

白水正男

“航空と宇宙の狭間”というお題も、だんだんテーマがなくなってきました。今回は、空気吸込エンジンという観点で見た“航空”と“宇宙(に行くこと)”の違いについて紹介します。宇宙に行くこと=高速で飛行すること、という点での空気吸込エンジンの課題、限界の話です。

空気吸込エンジン(以下、ABE:Air Breathing Engineと書きます)とは、単純化していえば、空気を吸い込んでそれを使って燃料を燃焼させ高速の噴流を排出することによってその反動で推力を得る広い意味でのジェットエンジンです。宇宙に行くのに一般的に用いられるロケットエンジンとの最大の違いは、燃料を燃やすための酸化剤として吸い込んだ空気を用いることです。

このコラムでは数式はなるべく用いないようにしていますが、その禁を破り、今回はρv2とρvを使わせてもらおうと思います。難しい式ではないですし、式を使った方がずっと分かりやすくなると思うからです。ここでρは大気密度で、一定の体積の空間にどのくらいの空気があるかを表します。vは飛行速度です。ρv2がどんな量かというと、機体にかかる力を代表する量です。機体を支える揚力も、前進を妨げる抵抗も、さらには機体を破壊する力もρv2に比例します。ρv2がある程度大きくならないと飛行機は離陸できませんし、大きくなりすぎると抵抗が大きくなるだけではなく、最後には機体が破壊してしまいます。このため、飛行機がある高度で飛べる速度には上限と下限がありますし、別の言い方をすると、ある速度で飛べる高度にも範囲があります。一般的な亜音速の旅客機に比べて超音速のコンコルドがより高い高度を巡航するのは、速度が速い分だけ密度が低いところを飛んでρv2の大きさを同じくらいにするためです。一方ρvは、機体の周りを通過する空気の流量を代表します。ABEの空気取入口から入ってくる空気の量はρvに比例します。

さて、準備が少し長くなりましたが、ABEで宇宙に行く話です。地球周回軌道の速度はマッハ数でいえば25くらいに相当します(あくまで速度の換算であって、空気がほとんどない軌道上の速度をマッハ数で表しても意味はないのですが)。地球周回軌道に行く宇宙輸送機を最終的な軌道速度までABEだけで加速する必要はありませんが、最終的な速度がマッハ25くらいなので、マッハ2や3くらいまでの加速では得るところがあまりありません。ABEの開発者はマッハ10やそれ以上までABEで加速することを目指します。

普通の飛行機が飛んでいる(約)マッハ1とマッハ10を比べてみます。宇宙輸送機も普通の飛行機と同じように軽く作る必要があるので強度はあまり変わりません。つまりρv2はマッハ1の時と同じくらいに抑えた飛び方をする必要があります。vが10倍になってもρv2が同じ大きさであるためには、ρは1/100でないといけません。大気密度は高度が5km上がるごとに約1/2になりますから、ρが1/100ということはマッハ1の時に比べて33kmあまり高いところを飛ぶことになりますが、どうせ宇宙に行くので高度が高いこと自体は問題ありません。 ところが、エンジンに入ってくる空気の量はρvに比例するので、速度が10倍になって密度が1/100では、入ってくる空気の量は1/10に減ってしまいます。ABEはエンジンに入ってきた空気で燃料を燃やして発生するエネルギーを推力に換えるので、入ってくる空気の量が1/10になると推力も1/10になりますが、機体にかかる抵抗の大きさはρv2に比例するので変化せず、抵抗に負けて加速できません。それ以前に、その速度に達することすらできません。これでは宇宙に行くどころの話ではありません。

燃料を燃やすための空気が足りないというのは原理的な問題で、エンジンの設計を工夫すればなんとかなるという種類の問題ではありません。速度の2乗に比例する抵抗や破壊力を避けるために大気密度が低い高空を飛行し、その結果として速度の1乗にしか比例しない空気流入量が減ってしまうという原理的な関係です。よって、原理的な観点で解決するしかありません。すなわち、取り入れる空気を増やすためには空気取入口の面積を増やすしかないのです。一般的な旅客機のエンジンの直径はどんどん大きくなってきていますが、それでも正面から見ると胴体に比べるずっと小さいです。でも、ρvが1/10くらいになってしまうことを補おうすると、空気取入口の面積は機体そのものと同じくらいになってしまいます。高速で飛行する機体では、胴体正面の全てが空気取入口になってしまう。乱暴にいえば、これが上の議論の結論です。

実際には、空気取入口に取り込む前に胴体の形状を使って空気を圧縮しておき、空気取入口の物理的な面積を小さくすることは可能です。SR-71というマッハ3で飛行できる飛行機の空気取入口に円錐形のマッハコーンと呼ばれるものが付いているのをご存じですか? この場合、空気はマッハコーンで生じた衝撃波によって圧縮されて体積が減少した後にマッハコーンを囲むドーナツ状の部分からエンジンに入っていきます。胴体をマッハコーンのように使って空気を圧縮することはできますが、そのためには胴体の形は空気の流れをうまく圧縮することができるような形にしなければなりません。しかも、そのような場合でも、取り入れることができるのは胴体の断面積に入ってくる空気までで、それ以上の空気を取り入れることはできません。同じような理由から、排気を膨張させて推力に換えるノズルの断面積も胴体と同じくらいになってしまいます。胴体の前部は圧縮のため、後部は膨張のため。高速のABEを搭載した機体は、エンジンの一部のようになってしまいます。このことから、Flying Engine(空飛ぶエンジン)と呼ばれることもあります。

ABEを使って高速で飛行するには、ρvとρv2の違いのいたずらから、胴体と同じくらいの断面積を通過する空気を集める必要が生じますが、これはABEを使って宇宙に行けるくらいの高速まで加速しようとした場合に生じる原理的な宿命です。極超音速(通例ではマッハ5以上)で飛行する機体のイラストなどがよく公表されますが、多くの例では、大きな空気取入口とその前方にある空気を圧縮するための平坦な面を持った胴体があります。これは、より多くの空気を取り入れるために必然的に生じたものです。ABEで速度を上げていくということが、エンジンの問題だけではなく機体の形そのものを支配するようになっていきます。エンジンが機体の形を支配するようになるという意味では、“量的な変化は質的な変化を生み出す”一つの例かもしれません。


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