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宇宙航空研究開発機構

小型超音速実験機の思い出(その4)

2019年5月20日
吉田憲司

こんにちは。航空技術部門の吉田憲司です。3月末で定年退職し、今は再雇用で古巣に戻って現場の皆さんの支援に努めています。個人的には退職者の責務の一つにこれまでの経験、成果等の伝承があると思っています。そこで表題の続き(但し最終回)として、今回は苦労話ではなくNEXST-1プロジェクトに関する学術的な成果について書かせて頂きます。

NEXST-1プロジェクトでは世界初の自然層流翼設計概念の技術実証を目指して2005年10月10日に飛行実験を行い、その設計効果は計測データの解析を通して直ぐに確認することができました、しかし、その後行ったプロジェクトの最終成果として想定していた実機適用効果を有する形状設計は少々難航しました。飛行実験で示せたのはあくまでも“実験機”サイズの機体での効果でした。当然この技術は“実機”サイズの機体に適用されなければ意味がありません。このサイズの違い、いわゆるレイノルズ数効果を小型実験機で直接飛行実証することは物理的に不可能ですので、その効果は設計時に用いた推算手法を用いて予測することになります。

設計に難航した最大の原因は前縁形状の微細な調整の難しさにありました。実験機設計に適用した手法はCFDを用いた逆問題設計法というものですが、その核となる「CFD解析による翼まわりの圧力分布と目標値との差異を解消するための形状修正量の算出法」に超音速線理論を用いていましたが、レイノルズ数が大きくなると前縁近傍でその近似精度が低下するためでした。帰国後の長い試行錯誤の末、ようやく実機レイノルズ数で自然層流翼効果を示す設計結果を得ることができ、年度末の航空科学技術委員会(文科省)の場で評価頂くことができました(※1)。飛行実験プロジェクトは、とかくその準備と実施までに最大の労力が払われがちです。しかしながら飛行実験の後もデータ解析や成果の取りまとめなど多くの作業があるので、その分担調整やスケジュール化、及びそのリスク分析(と対案検討)までを考えて途中で息切れすることなく確実に行うことが大変重要になります。

さてNEXST-1実験機は推進系を持たない空力的にクリーンな形状ですので、CFD・風洞試験・飛行試験との比較は学問的にもCFD解析法の貴重な検証例になります。そこで、その年の12月に第4回SST-CFDワークショップ(WS)を開催し、国内メーカーと大学の参加を得て、それぞれが独自の格子生成法とソルバー及び乱流モデルを用いて飛行実験状態を解析し、実験データとの比較・検証を行いました。WSには第3回までにご招待した多くの外国の研究者にもご参加頂き、大所高所のご意見を頂くこともできました。結論として、揚力と迎角の関係(特にその傾きである揚力傾斜)は主翼の弾性変形効果を取り入れると非常に良く合うこと、揚力と抵抗の関係(ドラッグポーラーの形)はどのCFD解析も良く合っていましたが、最小抵抗係数(CDmin)に関しては約6カウント(1カウントは0.0001)の差までしか詰めることができませんでした。ここでは特に乱流モデルの差が大きな影響を持っていました(※2)。実は、飛行実験で得られたCDminの方がCFDより小さい理由が未だにわかっていません。通常、実験機の方が余計な突起物(アンテナやカメラなど)がありますので、いくらCFDでその代表的なパーツの格子を作って影響を解析したとしても、その再現力の問題から実験機の抵抗の方が大きいと予想されるのに対して、実際は小さかったということです。不思議なことにその後行ったD-SEND#2の飛行実験でも同様でした。何か深い意味があるのでしょうか?個人的には永遠の課題になっています。

事後評価後はNEXST-1プロジェクトは予算的には終了となりましたが、世界初となるまさに“空飛ぶ”風試模型で得られた貴重な飛行実験データの更なる詳細な解析とCFD及び風洞試験との比較・検証の必要性を強く感じ、関係者でチームを組んで細々ではありましたが約3年間に渡って継続することができました。その結果、先の6カウントが3カウントまで縮まりました。これは迎角センサー(5孔ピトー管)が機首右舷に付いていますので胴体の弾性変形がその値に影響すること、主翼の弾性変形効果や付加物の影響に対するCFDの高精度化による見直し等に依るものでした。このような地道な結果は是非とも後世に残したいと思っています。

加えて自然層流翼設計法についても更なる進展がありました。事の発端はその後の「静粛超音速機技術の研究開発(S3)」プログラムで進めていた境界層遷移に関するNASAとの共同研究における会合の場でNEXST-1プロジェクトを紹介したことでした。NASAは実機レイノルズ数での設計効果に興味を持ち、NASAが検討している低ブーム機体をベースにその適用を一緒に検討したいという提案でした。これはNEXST-1プロジェクトの成果を認めてくれた点で、個人的には非常に光栄なことと感じました。帰国後早速にその提案を関係者で慎重に検討し、具体的な内容と成果イメージ及びスケジュールを詳細に調整すると共に、ちょうどその時同時に進めていた特許化の話も優先的に対応し、その出願を経て共同研究を本格的にスタートさせました。尚、自然層流翼設計技術の核である目標圧力分布について、特許化の機会にその関数化も試み、各パラメタの範囲を広めに規定することで実験機の主翼平面形に限らず、様々な超音速機形態にも適用可能な設計法に改良することにも成功することができました。そこで出願後は、その内容を学問的な観点から書き直して米国航空宇宙学会の論文にすることもできました。これはNASAの提案が結果として我々を後押ししてくれたお蔭と思っています。共同研究の完了までには想定より時間がかかりましたが、最終的には、あくまでもJAXA側の評価法によりますが、NASAの設計結果より優れた自然層流翼効果を示す形状を設計することができ、個人的にはJAXAの設計技術の高さを大いにアピールできたのではないかと感じています。

最後に、NEXST-1プロジェクトの飛行実験成功及びその後の幾つかの更なる成果は、職員のみならず各担当のSEさん、メーカーさん及び関係者の皆様全員のプロジェクト成功に向けた熱い思いが原動力になって達成されたものと想像しています。このようにNEXST-1プロジェクトは単なる飛行実験に終わることなく、多くの知見・教訓、そして次に繋がる課題の抽出をも生み出し、非常に価値あるプロジェクトであったと思います。同時に、そのような関係者が一丸となって取り組み、今までにない新しい発展的な成果を生み出すことに邁進できたことこそ、故坂田元理事の本プロジェクトにかけた情熱が関係者全員に浸透していた証なのではないかと強く感じています。

 


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