杉浦 正彦

2002年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2008年、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了、同年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)入構。2014〜2015年、米国メリーランド大学客員研究員。2018~2019年、文部科学省研究開発局宇宙開発利用課学術行政調査員。

研究内容を社会実装し、より良い社会の実現に貢献する楽しさ。

― 現在の研究内容について教えてください

ISASや各大学と共同して、火星をターゲットにした火星地下空洞探査用ドローン「HAMILTON」の空力研究をしています。火星の表面には直径50m、深さ100mの縦孔が観測されており、適温かつ放射線の影響が少ないことから生物または生物の痕跡が発見できる可能性があると考えられています。将来的に有人探査の基地として、候補に上がっていることもあり、理学、地理的にも重要性がある調査と言えるでしょう。
今回、私が研究リーダとして従事している「HAMILTON」の空力研究は、地球と火星の大気密度と重力の差異による影響を検証し、ミッションを達成できる性能を考案、設計しています。
火星には地球の1%しか大気がなく、過酷な環境です。一方で、重力は1/3なので、揚力と重量を単純に比較すると、地球より33倍ほど飛ばすことが難しいと言えますね。
現段階の研究成果として、ホバリング性能に大切なブレードの回転速度の検証において、音速に到達する速度が地球では345m/sに対して、火星では258m/sと地球の約70%なのですが、火星でのマッハ数を基準に、音速に到達しても火星の大気では衝撃波が発生しないことが判明しました。これによって、従来の設計ではペイロードが1.1kgであったものが1.9kgまで向上させることが可能になり、この800gの増加によって自己充電および越夜保温機能※1により縦孔・洞窟探査可能で、ミッションを繰り返し実現できる方策を発見しました。

※1 平均気温が低く、夜はマイナス90度の環境のため、ヒーターを使って温める機器が必須

最適な機体形態の想定

マッハ数1のときの衝撃波の有無

― 研究を行うにあたり難しかったところと、そこを解決するために意識したことを教えてください

これまで、欧州の複数の研究機関との共同研究を実施したことはありましたが、研究リーダという立場ではなかったので、比較的気楽に研究を行っていました。
今回は、急遽、研究リーダという立場になったこともあり、複数の研究機関に共通の目的意識をもってもらうことに少し難しさを感じましたね。
共同研究を始める当初は、各研究機関が自発的に研究を行い、その上澄みを集めればよいぐらいの考えでしたが、先生方も様々な研究や教育を実施されているからか、本研究のロードマップ等について具体的な指示を求められました。
そこで、研究の内容、ロードマップ、マイルストーンについて詳しく事前に検討し、具体的に提示した上で、少なくとも毎月1回はオンラインで進捗確認を実施することで、みなさんで共通の意識を持って、着実に研究を進めることができたと思います。

― ISASや各大学との共同研究の「HAMILTON」、航空技術部門の役割を教えてください

航空技術部門が音頭をとった空力性能の解析では、火星大気環境でドローンの空力性能を最大限引き出すために、ブレード形状の最適化を実施しました。
今年度は、ブレードの平面形状(ねじり角)の最適化に加えて、翼型の最適化を実施しています。この最適化した翼型について、火星大気環境を模擬できる減圧槽を用いたロータ試験を実施し、CFDによる解析との検証を行えれば、航空技術部門の役割は果たせたと考えています。
空力設計が完了した来年度以降は、熱設計や構造設計というフェーズに移っていけるものと思います。

― 宇宙への進出が進むにつれ、宇宙と航空の研究の境目は少なくなっていくのでしょうか

あくまで大気がある天体に限定されますが、大気がある環境ならば、航空技術のうち特に空力技術が応用できるものと思います。HAMILTONはひとつの例ですが、NASAでは土星の衛星タイタンで飛行するヘリコプタも研究しています。ただし、タイタンの大気密度は地球の4倍程度で、火星ほど飛行は難しくなさそうです。HAMILTONは、飛行が難しい環境で極限性能を引き出す必要があるところという意味で、研究しがいのあるものだと思います。

― JAXA航空技術部門でこれまで行ってきた研究を教えてください

現在は、HAMILTONと同時に高速コンパウンド(複合)ヘリコプタの研究を行っていますが、2008年に入構した当初は、災害救援航空機情報共有ネットワークと呼ばれる、航空機、災害対策本部、防災関連機関等の間でやりとりされるデータを統一する活動を行っていました。
その後、地上低層風情報提供システムの研究・開発に携わり、山形県酒田市・鶴岡市にまたがっている庄内空港での地形性乱気流の観測などを行っていました。そして、2013年以降は、ヘリコプタのCFD解析を主な業務としております。航空機の運航方法を知ると同時に、機体自体についても研究ができるようになってきたと思います。

― 今まで行ってきた研究で「やりがい」や「楽しさ」はどこにありますか

現在研究を行っている高速コンパウンドヘリコプタの研究では、ヘリコプタの用途として、救急、防災、救難が想定されますが、まずは小型機での救急を対象としています。
要は、ドクターヘリを高速化することを検討していますが、たとえば、現在の拠点病院から15分以内でカバーできる範囲を、在来のドクターヘリと巡航速度を2倍にした高速ヘリで比較すると、前者は国土の約60%をカバーできますが、後者では約90%まで向上します。15分というのは大事な時間で、交通事故等で出血多量となった場合、15分以内に処置をすれば、ほとんどの人が助かると統計的に示されているんです。
昨年度は、日本航空医療学会の協力を得て、現場の医師や看護師の方々にアンケートを実施したところ、7割の方がドクターヘリの高速化を希望しているという潜在的ニーズを把握することができました。
高速コンパウンドヘリコプタの開発・実現には、これから官民合わせた協力体制が必要かと思いますが、研究した結果を社会実装し、より良い社会の実現に貢献できることにやりがいと楽しさを感じています。

2021年6月更新



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