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宇宙航空研究開発機構

航空と宇宙の狭間にて ─最終回─

2019年4月22日
白水正男

今回は最終回として、航空と宇宙のおかれている社会的状況の違いなどについて書いてみます。
航空と宇宙は、大学の学科も両者を対象としているところが多く、また学会も日本航空宇宙学会という一つの学会がカバーしています。これまでに航空と宇宙の技術的な違いなどについて何回か書いてきましたが、それは航空と宇宙がこんなに違うということではなく、共通点は多いけれどこういう点は違うのですよ、ということを紹介してきたつもりです。社会的に見ても、航空と宇宙は多くの共通点といくつかの違いを持っています。
一般の方から見た航空と宇宙は、身近さというよりは生活への関わり方が結構異なっていると思います。航空は、なんと言っても海外などの遠くへ移動する手段としての航空便が最も身近だと思います。航空便は人だけでなく貨物を運ぶという点でも生活に役立っています。そのほかにも、ヘリコプターによる災害対応など、市民生活に密着したものとなっています。逆に、身近になってしまったが故に(一部の熱心な航空ファンなどを除いて)趣味や興味の対象ではなくなってきているのかもしれませんし、子どもたちにも自動車や鉄道ほどには親しみを感じてもらえていないようです。それに対して、宇宙は相変わらず青少年をはじめとする一般の方の関心が高いことを感じます。私自身、小学生~高校生などに話をして欲しいと頼まれることがありますが、それは“宇宙”の話であって“航空”ではありません。この場合の宇宙は、宇宙の創成や天体の探査などの宇宙科学と国際宇宙ステーションや地球観測などの実利用活動の二つがありますが、どちらも青少年や一般の方の深い関心を得ています。
ビジネスという観点で見ると、航空は、飛行機を造ることやそれを使って輸送することなど、多くの企業が“商売"として行っており、いわゆるビジネスモデルとしては確立しています。また、狭義のビジネス以外でも、公的機関が災害対応などの色々な業務にヘリコプターを含む航空機を日常的に使っています。宇宙活動にも多くの企業が参加して、ロケットや衛星の製造、運用など行っていますが、そこから直接的に十分な(=開発費なども含めて元が取れる程度の)利益を上げられる状況であるかと言えば、世界的に見てもまだそのような状況に至っていません。一般に新しい技術や分野などが成熟してビジネスとして成立するまでにはある程度の時間がかかるのは事実です。でも、宇宙開発が始まって約60年。例えば同じ頃に誕生したコンピュータは、ビジネスとして成り立っているだけではなく、スマホなどとして生活に深く入り込んできています。宇宙のビジネス化にはあまりにも時間がかかりすぎているという印象は拭えません。
このような航空と宇宙の“社会的"状況の違いが、JAXAの航空と宇宙においてもいくつかの違いを生み出しています。航空で、JAXAが実用の飛行機を造ることはありません。飛行機を使って人や物を運ぶのも、完全に民間企業の役割です。それに比べて宇宙では、(技術として成熟した気象衛星や通信・放送衛星などを除けば)地球観測用の衛星、宇宙科学用の衛星、探査機など、JAXAが企画し、資金を用意し、メーカと一緒に造っていくというのが基本です。造った後の運用もJAXAが主体で行います。
JAXAは研究開発機関なので、新しい技術を開発していくのがその基本的な使命の一つですが、宇宙では、いわゆるミッションを設定し、そのための衛星やそれに必要な技術を用意し、製造・運用に責任を持っていくという意味では、そのライフサイクル全体にJAXAが直接的に関わっていきます(ロケットに関しては、開発終了後の製造・運用は民間が行うように変わってきていますが)。これに対して、航空においては、製造や運用を行っている企業や公的機関が必要とする技術を先行的に研究開発し提供していくという役割がJAXAの中心になります。優れた超音速旅客機の技術を開発・実証してビジネスを先導することを目指すような活動もありますが、その場合も実用化はあくまで民間の責任と判断になります。最終的にその成果を社会に還元していくという意味ではどちらも同じですが、カバーする活動範囲や立場が大きく異なります。
JAXAの研究開発者の立場から見ると、それがいくつかの違いを生んでいます。単純化して言えば、宇宙については、社会のために有効な宇宙活動を考え、それを遂行していくことが仕事になります。そのための技術が必要ならば開発もします。これに対して航空では、最終的に社会に貢献していくという点は同じですが、その実現には航空に携わっている企業や公的機関を介することが基本となります。その場合、研究開発の難しいところは、御用聞き的に今必要とされているものに応えていくだけではその責任を果たせず、常に先あるいは先の先を考えていくことが求められます。宇宙と航空のこの違いを乱暴に単純化すれば、宇宙における“全部を決めなければならない難しさ・全部を決められるメリット”と、航空における“相手(受取手)の動向などを考えながら決めなければならない難しさ・外に確固たるビジネスが存在するメリット”と対比できるかもしれません。
宇宙開発オンリーだった宇宙開発事業団、航空研究が中心だった航空宇宙技術研究所がJAXAとして一緒になった(宇宙科学研究所を無視したわけではありませんが、この文脈では省略します。)ことから、このような航空と宇宙の状況の違いをその仕事の進め方においてより明確に意識できるようになったとすれば、それはJAXAへの統合のメリットの一つかもしれません。
著者は平成30年度でJAXAを去ります。このコラムに寄稿するのもこれで最後です。読んできていただいた方に感謝申し上げます。


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