先進空力計測技術

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2019年3月8日
主翼上の衝撃波位置を可視化するフライトPSP計測試験
2018年10月、JAXA実験用航空機「飛翔」の主翼上に発生する衝撃波の位置を計測するため、感圧塗料(PSP)を用いて衝撃波位置を可視化する夜間飛行試験を行いました。……[続く]

風洞試験の模型(供試体)周囲の流れの速度・方向や、模型に加わる力、模型の変形などを、より高い時空間分解能で計測することは、航空機の特性改良や問題解決だけでなく、未知の流体現象の解明、数値シミュレーションの精緻化や適用範囲の拡大などにもつながります。空力技術研究ユニットでは、流れに影響を与えないレーザーやカメラ、マイクロホン、塗布型の感圧材料などを使った、先進的な空力計測技術の研究開発に取り組むと共に、風洞の利用者や企業など第三者に対し、これらをソリューションとして提供するサービスも行っています。
1)圧力に反応して蛍光強度が変化する感圧塗料(PSP)を用いた圧力計測技術
2)オイルの微粒子を流し、微小領域の流速を計測する粒子画像流速計測法(PIV)
3)揚力でたわむ主翼の形状変化をステレオカメラで計測する模型変形量計測(MDM)
4)マイクロホンアレイを用いた音源探査技術(SLMA)
の4つの技術を必要に応じ適切に組み合わせ、風洞試験で活用しています。

感圧塗料(PSP)

これまで風洞試験における圧力測定は、模型の圧力センサを組み込む必要があり、センサが組み込まれた各点単位でしか圧力データを得ることができませんでした。感圧塗料(Pressure-Sensitive Paint:PSP)は圧力に応じて明るさの変化する発光塗料で、PSPからの発光をCCDカメラなどで計測することで圧力分布を画像として計測できます。PSPを圧力を図りたい模型等に塗布し計測することで、模型の表面全体で圧力分布を計測することができるようになりました。下図はPSP計測で得られた航空機形状模型の圧力分布であり、模型上の定量的な圧力分布が一目で分かります。
JAXAでは、PSPを標準計測技術として簡単かつ効率的に運用できるよう、自動化を大幅に取り入れ、風洞試験の進行とともにPSP計測データが処理される準リアルタイム計測システムである基幹PSP計測システムを開発し、使用しています。
さらに近年では、機体の振動現象などの原因となる圧力変動計測にも対応可能な非定常PSP計測の開発にも注力しています。非定常PSP計測は、数kHzまでの周波数応答性を持つ高速応答PSPと高速度カメラを組み合わせたPSP計測技術であり、模型表面全体での圧力変動の発生個所を効果的に検出することができます。

PSP計測で得られた航空機形状模型の圧力分布

粒子画像流速測定法(PIV)

模型周囲の流れの速度分布や方向、渦の位置や強さなどを計測する技術が粒子画像計測法(Particle Image Velocimetry:PIV)です。このPIVは、空気中にトレーサという直径1マイクロメートルほどの細かいオイルの粒子を混ぜて流し、シート状に照射したレーザー光の中を通過するトレーサをカメラで撮影します。一定の時間間隔での2枚の画像からトレーサの移動距離を計算することによりトレーサを含んだ流れの速度、方向を測定する手法です。1枚の画像には何万個ものトレーサが写っており、画像をコンピューターで統計処理することでトレーサの移動距離を正確に計算します。
JAXAでは、ステレオ構成の2台のカメラを使ってトレーサの画像を撮影することで、3次元の速度ベクトルも計測できるようになっています。
PIVは低速から遷音速までの風洞で使われ、模型の周りの目に見えない流れの速度や方向を計測できる技術として、様々な試験で活用が広がっています。

PIV計測で得られた航空機形状模型の主翼後流での空間速度分布
翼端渦(y=-500mm)やエンジンナセルの後流(y=-200mm)などが分かる

模型変形量計測(MDM)

風洞試験に供される模型は、あくまで航空機などの外形形状だけを模した縮小模型であり、荷重に対する変形量や表面性状といった内部構造に依存する特性までを忠実に反映したものではありません。例えば翼には揚力が加わりますが、金属製の翼といえども揚力によって多少の弾性変形が発生し、模型形状が変化します。実際の航空機と共通な構造特性を持たない限り、この形状変化は実際の航空機が揚力を受けた場合とは異なり、形状が異なると発生する揚力もまた異なってしまいます。このため、縮尺模型を使った通常の風洞試験で得られたデータを実際の航空機の特性評価や数値シミュレーションなどに生かすためには、このような構造特性の違いから生じる微小な空力特性のギャップを埋めるための緻密な作業が欠かせません。
模型変形量計測(Model Deformation Measurement:MDM)は、模型にマーカーを貼り、カメラ2台によるステレオ視でその三次元位置を計測する手法です。写真測量法と同じ原理で、カメラに対するマーカーの三次元位置が計測できます。無風状態と気流を流した通風試験の間で同一のマーカー間の三次元位置の変位を計算することから模型の変形量を見積もり、翼のたわみ量やねじれ量などを取得します。得られた変型量のデータは模型姿勢や気流流速などによって変化しますが、対応する実際の航空機の飛行条件での変型量に合わせて揚力や抵抗などの空力特性を補正することで実際の航空機の特性評価や数値シミュレーションの比較検証を精緻化するために役立てられます。
カメラキャリブレーションと模型を変形させた画像の取得を事前に行っておくことで、データ処理作業を自動化し、画像取得から変形データ算出までを約20秒で行うことができます。

ステレオ構成のカメラ2台で計測されたマーカー付模型画像

マイクロホンアレイによる音源探査(Source Localization by the Microphone Allay:SLMA)

航空機の空力騒音を低減させるには、騒音源が何かを突き止める必要があります。風洞試験に供される模型の、どの部分から空力騒音が出ているかが分かれば、効率的に対策を取ることができるようになります。
マイクロホンアレイによる音源探査(Source Localization by the Microphone Allay:SLMA)では、まず規則的に配置された多数のマイクロホンを模型に向け、空力騒音を取得します。それぞれのマイクロホンで得られた音波の波形を、ある伝搬時間を仮定して合成し、波形が一致すれば、想定した伝搬時間が正しかったものとして、各マイクロホンからの距離から音源の位置を推定できます。さらに、得られたデータをカメラ画像と合成することで、騒音源の位置を可視化します。
マイクロホンアレイからのデータの解析には、JAXAが開発した研究開発用プログラムをもとにした一般用途向けアプリケーションが使用され、並列処理による高速解析を実現しています。また風洞試験特有の移流や屈折による音源の位置ずれなどの補正ができ、風のない条件での解析も可能です。

風洞内でのマイクロホンアレイ


2019年4月9日更新